72回ケアネット212002.4.18

幹事 松前病院

テーマ:在宅での最期を看取るとき(医療・看護と福祉の連携について)

治療が不可能となった癌を抱えた人に入浴してもらっても良いか?

はじめに

 自宅で最後を過ごしたいという思いを持つ人が徐々に増えている。重厚な医療機器によって生かされるよりも、また冷たい病室で過ごすよりも慣れ親しんだ自分の家で過ごしたいという欲求は高まってきている。
 一方で国による診療報酬の改定は長期入院を不可能にし、在院期間の短縮を図っている。そのため、否が応でも在宅を余儀なくされるケースも出てきた。たとえ、家族が居なくても、家族が居たとしても実際有効な介護とはならない場合でも在宅に戻らざるを得ないケースもある。
 以上の2つの要因から松前町でも在宅で最期を看取るケースが増えてきた。老衰等で天寿を全うして亡くなる場合もあれば、治療不可能となった癌によって最期を宣告される場合もある。前者の場合には福祉サービスが中心となりケアが提供され、最期のときだけ医療・看護が参加する場合が多い。この場合では特段の問題はあまり無い。しかし、後者の場合は福祉側がどう対応すべきかについて、迷いも多い。そこで今回のケアネット21では後者における医療・看護と福祉の連携を取り上げたい。
 今回の目的はがんを抱えた人に対しても自分らしく生きていただけるように自信を持ってケアができるようになろう!です。
 

今回のテーマのきっかけとなったケースについて

 きっかけは胃がん末期で亡くなられた方の自宅で、
医者と訪問看護婦と支援センターだけでお通夜をしていたときに、
福祉として何が出来たんだろうかという若い社会福祉士から出た疑問からで
す。
医療や看護はターミナルのときの役割ははっきりしておりますが、
「お〜い」と呼ばれたヘルパーさんは戸惑ってしまうよなということです。

まずはきっかけになった人の話です。

 63歳の女性で一人暮らしの方です。
 2年前に胃癌を見つけましたが、既に進行しており、手術不能で化学療法が実施され、中心静脈栄養で管理されていました。そして紹介先から、2年振りに当院に戻ってきました。紹介した時とはすっかり変わっており、げっそりと痩せて面影はありませんでした。

 在宅を勧めましたが、一人暮らしで、家族(おいの嫁)も他の要介護老人を抱えているため、在宅は難しいとのことでした。しばらく入院しましたが、やっぱり家に帰ろうかということになり、在宅になりました。

 町営住宅の3階で放し飼いのポメラニアンとの暮らしです。歯をむき出して飼主を守ってくれるので難儀しましたが…。こいつを蹴っ飛ばした看護婦を覚えていて、ナースシューズを噛み潰した犬です。自宅に上がる時は靴を持ち込む必要があるというつわもので、これも病院に居た時には我々にはまったくわからない生活の一環でした。

 入院していた時は牛乳しか飲めなかったので、本人と相談し、2日に1回高カロリー輸液を2000ML、その他は牛乳としていました。

 状態は変わらなかったのですが、退院後数日してから、食欲が出てきました。巻き寿司や押し寿司を食べたり、そしててんぷらを食べたところで腹痛が来ました。腹水は溜まっていましたが、痛みは下腹部で、下痢も伴ったので、癌性疼痛ではないものと考え、そのまま在宅で対応していました。

 亡くなられた日も午後3時ごろ私が行って、追加の点滴をしました。痛みはずいぶん治まってきました。その後、訪問看護ステーションが訪問、5時半にはヘルパーも来ました。

 夜7時ごろ、自宅でてんぷらを揚げていた訪問看護ステーションの看護婦が胸騒ぎがして本人に電話しました。電話に出ないのでてんぷらをそのままにして訪問してみると、亡くなっていました。

 原因はわからず、安らかな寝顔でした。おそらく不整脈?

 家族や私などに電話して集まりました。それほど遠方ではない家族が来るまで、私と2人の訪問看護婦、支援センターの職員の4人で自然とお通夜になりました。

「退院して食べた巻き寿司が一番うまかった」
「てんぷらまでいったんやからいいじゃん」
「犬はどうなるんやろか?」
「放し飼いだったんだから、入院中もそうだったし、このままでも誰かがえさをやってるから、何とか自立して生きていくでしょう」
「今日はお茶を一緒に飲もうと思って熱いお茶を入れてきたのになあ」
「今日は看護婦にあるまじき行為をしてしまった。ばあちゃん起きて〜を体をゆすったら、既に亡くなってた…」
「今日は先生がまだ飲んでないところやからよかったね。この間は3m離れても臭ったよ。」
「今日の帰りは酒を買って帰ろっと」
「○○さんといっしょやね〜」

 とにかく訪問看護婦が電話して、出なかったから訪問して発見したケースでした。行ってみなかったら翌朝冷たくなって見つかるところでした。

 勤めるところは違ってもいくつかの機関がすぐに集まって、和やかにお通夜ができるのは私の地域の強みだなあと思いました。
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 医療と看護にとっては在宅でがんの末期を迎える人について、ほぼ把握しており、わかっています。しかし、身体介助が必要となったとき呼ばれたヘルパーはわかりません。

 入浴はしていいものかどうか、状態が変わったときにどうすればいいかなど、そのときヘルパーが判断しなくてはならないことが多く、困ってしまうことが良くあります。
 そこでディスカッションを企画し、それぞれの機関から話してもらいました。
 

1.       治療が不可能となった癌を抱えた人へのケア
 一般的にスタートは医療機関となる。もちろん在宅でデイサービスを受けていたり、ヘルパーの訪問を受けていたりした人に癌が見つかり、医療機関を経て在宅に戻る場合もある。しかしこの場合は以前のケアの継続となり、信頼関係も結ばれているので問題となることは少ない。
 医療機関への入院加療から在宅となるとき、中心的にかかわるのは訪問診療をする医師と訪問看護をする看護婦である。そして、下肢が弱ってきたときや、家族の援助が少ない場合にヘルパーへの依頼が加わってくる。介護保険を使う場合もあれば、年齢や疾患の問題で介護保険以外となる場合もある。
 医療・看護はその人の身体状況はわかっているが、福祉側はわからない。そのため自宅を訪問しても不安や惑いが生じる。何をすべきで何をすべきでないのか、急変したらどうしよう、疾病についてどのように認識したらよいのか、家族に疾病や予後を聞かれたときにどう答えるべきか…など。
 しかし、翻って考えると医療や看護ではわからないあるいは見えてこないところも福祉側には見えてくることも多い。このあたりをパネルディスカッションで明らかにしていければよいと考える。

2.       パネルディスカッション

(ア)  福祉側から困ったことなど、あるいは医療側に望むこと

@       支援センターから…みどり(大西)
 癌末期であるということで初めての経験だったし、構えてしまった。どのようにしたら良いかわからなかった。癌と聞くと痛みが強いだろうとか誤った認識を抱いていた。

A       ケアマネとして…鶴寿(川崎)
 以前からサービスを利用していた方に癌が見つかり、病院から再び自宅に戻ってきたときは高齢でもあり、癌の進行も遅いのでサービスも継続して組むことができる。信頼関係もできている。しかし、病院から紹介された癌末期の方は進行も早く当初はサービス提供・計画や応対に困難を伴う。手すりをつけてもほとんど利用しないうちに歩けなくなったり、シャワーチェアなどの入浴補助具をつけてもほとんど使わないうちに清拭になったりすることがある。

B       ヘルパーとして…みどり(吉本)
 現場では本人・家族との会話で困ることがある。今日、熱があるけど風呂に入れてもいいのかどうかなど。ご家族にどうしますかと聞いても、ヘルパーさんの判断でと言われると困ってしまう。

(イ)  訪問看護とヘルパーの仕事について

@       訪問看護ステーションから…菜の花(矢野)
 とにかく訪問をかけること。ターミナルの人を抱えているときは一人の看護婦を専任にして、一日に3回以上は訪問している。病態を把握し、どうしたら安楽に生活できるか、試行錯誤している。頻回に訪問して担当看護婦と信頼関係、人間関係を作ると、たとえ、入浴中に亡くなったとしてもいい気持ちになって逝ったんだからとむしろ家族も励ましてくれる。要は信頼関係がどのくらい築けるかということ。そしてそれに支援センターや関係職種をどれだけ巻き込んで協力関係を作るかということ。
 ターミナルの方は安定した脳血管障害の方とは違うので、午前・午後でも病態は変わるし、臨機応変の対応が必要。中心静脈栄養でしか水分・栄養の摂取が出来ない状態でも、昼間に輸液を落としたり、夜だけにしたり、一日おきにしたりという工夫が必要。医師と連携して実施している。他の職種との連携にはカレンダーに情報をびっしり書き込んでいる。

(ウ)  医療側から

@       訪問診療の立場から…高瀬内科(高瀬)
 昨年亡くなられたケースを見てみると6割以上が在宅で亡くなった。できるだけ日常の生活が送れるように入浴も最期まで実施している。

l         在宅の担当医が松前町内の医師なら連携が取れる。松山市の医師は難しい。(ケアマネ)

l         われわれでも伊予市まで往診に行くとしたら往復に1時間かかることもあり、すぐに行くということが困難。やっぱり近いところがいい。(医師)

(エ)  入浴はどうしますか?

@       入浴を実施しても良いかどうかの医師の判断とは?
 はっきりとした医学的根拠は無い。心不全、呼吸不全、消化管出血時などで見るからにしんどそうなときは入浴させない。目安としては自分がこんな状態だったらお風呂には入りたくないなあと思うときは避ける。

A       血圧が高い時には?37度台の熱があるときは?
 少しぐらい血圧が高くても入浴すればむしろ血圧は下降する。熱があってもふうふう言っていなければ入浴してもらっている。

B       質疑

1.       体温を測定しても計れない、肩呼吸をしている状態で清拭をためらった。医師に電話したら実施せよといわれた。実施しなかった。医師が来て診察したらそれどころじゃないなあと、そして2時間後に亡くなった。(ヘルパー)

l         入浴にしても清拭にしても判断は難しく、現場での判断を優先するがいつでも電話してほしい。

2.       臨機応変、経験的に判断と言っても、新人の多いヘルパーでは判断できない。(ヘルパー)

l         確かにそういう状況がある。教育プログラムでも難しいところ、言葉・文章では表現しにくい。実際的な経験をつんでいくしかない。

3.       家族も判断できない、ヘルパーも判断できないときに現場のヘルパーさんに臨機応変に対応といってもヘルパーさんでは責任が持てないのではないか?(住民・家族)

l         やっぱり自分がその人だったらどうしてほしいのかを中心に考えたい。しんどいときには風呂にも入りたくないし、入れない。業務として考えるのではなくて、自分だったらどうしてほしいかで判断したほうがいい。

l         どれだけ信頼関係を築いていくかにかかっている。毎日何度か行っていると自然に信頼関係が出てくるから入浴中に不幸にして亡くなったとしても、あなたに風呂に入れてもらって本人も満足という結果になるように看護したい。

4.       入浴時の連携について。末期の人の状態は午前中と午後でも変化する。調子のいいときを見計らって入浴してもらうようにしているが、訪問看護はそれができているのに訪問介護は予定表にしたがってしか来ることができない。協力して入浴していただきたいが可能か?

l         給付管理上、難しい。(ケアマネ)

l         介護保険以前は利用者のことが心配になったらヘルパーは自主的に訪問していたじゃないか、介護保険で後退したのか?脳血管障害などで安定して介護を必要とする人には現在の給付管理が適切かもしれないが、癌末期の方やターミナルの方には不適切、柔軟な対応ができるようにしてほしい。現在のシステム自体が病態、障害の状態に変化が頻繁にある人向けではない。(医師)

l         ヘルパーに余裕がないが、目標としてやっていきたい。(ケアマネ)

l         とにかく支援センターでも医師でもヘルパー事業所でも何度も電話して動かすようにしている。それが連携にとって重要。(訪問看護ステーション)

3.       家族への対応について

(ア)  献身的な家族がいる場合

l         松前町は海側がどちらかと言うと人口が密集し、独居高齢者が多い。山側は農村地帯で家族と同居が多く、在宅でターミナルを迎えるにしても条件が少し違う。海側ではヘルパーや訪問看護ステーションが家族代わりになることが多く、山側は家族によって在宅が支えられている。

l         山側では家族が居る場合しか在宅で末期を迎えるほかは無い。

l         海側では独居の分、近隣の協力がある。

(イ)  家族が居ないか居ても頼りにならない場合
医療・看護で頻繁な訪問(1日5回以上だと長続きできない)
が必要となる様な場合は不可。痴呆があっても不可。それ以外で独居に近い場合の対応については協力体制による。

4.       グリーフケアについて

(ア)  家族の悲嘆に対してのケア

l         医師以外のサービス提供機関、ケアマネはたいがい死後、数日で訪問している。

l         自分たちの行ったケアに対しての評価が明らかになる。

5.       感想
 今回改めて気がついたのは介護保険前であれば心配だから訪問していたというヘルパーさんの活動が介護保険以後、給付管理表に従ったサービス提供で動かざるを得ない状態となっていることだった。病状や障害に変化あるときは以前のように利用者の状態にあった訪問が在宅を支える上では欠かせないのではないか。心配だから入ってみる、その愛情と言うか人を思う気持ちが介護保険システムで破壊されたのではないか?住民から信頼を得るサービス提供とは給付管理表に表されるサービス実施計画ではなく、心のつながりではないかと思えた。いつでも困ったときに相談できる、いざというときに来てくれる、その安心感こそが在宅生活を支える重要なファクターだと思った。

以上文責盛次(記憶に基づいているので多少趣旨とずれるかもしれませんが悪しからず)

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