2001年第6回えひめ北欧から学ぶ会の例会

6月12日に開催されたえひめ北欧から学ぶ会の報告です。

 片岡さんのDSSから、
 オーフスの精神障害福祉と医療
 オーフスの精神保健福祉 ― 国立大阪大学大学院 竹端 寛
をみんなで読み合わせして、今回の池田小学校事件、日本の精神医療について話し合いました。

 ちょうど、スウェーデンから愛媛大学工学部に研究に来ているAnnaさん(大学院生)を交えて、精神障害者と犯罪について意見交換をしました。
 Annaさんは湖底から地層のサンプルをとり、各年代にどんな花粉があるかを調べることによって、
歴史的な周辺環境の遷り変わり、自然の変化、人類の営みの結果を明らかにしていく仕事をされています。

 氷河に覆われていたスカンジナビアの氷河が溶け出し、ツンドラの時代、そして植物と人間その他が南からやってきて、植生が変化していくありさまを研究しています。
 こういう研究をしていると人間がグローバルに捉えられるなあと思いました。

 さて、話は戻って、世界の精神医療は1970年代から大きく変わってます。
 それまでは収容中心です。だから、精神科のベッド数は人口比にしてどの先進国も当時はそれほど変わりはありません。というのは退院できる人は仕事ができるほどに回復した人、家族の受け入れがある人で、それ以外の人は病院で沈殿していったので、毎年病床数は増えていったのです。
 その程度が各国共に差が無かったので、どの国も人口の一定比率が精神病院の病床数であったわけです。また、高度成長を支えるために介護している人を労働力として猫の手まで駆り集めるという政策を取ったため、身体障害者も含めて障害者や高齢者を施設に収容するという収容中心主義の時代があり、この時期は急激に精神病院の病床数は増えています。

 その後、例えばケネディ白書で、ベッド数では1/4を占めている精神医療が、医療費ベースではたったの9%に過ぎないという劣悪さが指摘され、改革が進みます。…アメリカはマンパワーの育成不十分で失敗したけど。
 イタリアでの精神病院解体、イギリスでのマンパワー育成などの営みがあり、全世界に普及します。日本でも精神病院の開放化が進みました。

 しかし、日本の場合は民間精神病院がベッド数の9割を占め、地域精神医療を目指した医療機関はほんの一部で、大部分は収容型のままで存続しました。
 その結果が竹端 寛さんの報告で明らかにされています。
http://plaza15.mbn.or.jp/~dssa/data/top.html

 事件についてAnnaさんから、スウェーデンでも以下のような事件があったと報告されました。精神病院を退院した患者が、幼児の頭に斧を振り下ろした。幸い命を取り留めたが、医療が適切に行われていたのかどうかが国中の議論になった。
 テレビなどでも取り上げられたし、あちこちで議論が交わされたそうです。結局のところ、精神医療としてはやれるだけのことをやっていた、しかし、事件が起こってしまった。
 医療が適切でも事件が起こることはありうるという結論になったそうです。その後、彼は治療処分施設で自殺したそうです。

 また、鈴木 静さんから、日本では精神障害者と位置付けられたのは最近になってからで、それまでは患者、または精神病復帰者(?)と位置付けられていて、福祉制度が及ばなかったことが挙げられました。
 年度は明らかではないですが、精神衛生法(合法的に閉じ込めるための法律)→宇都宮病院事件
→精神保健法(人権に配慮)→精神保健福祉法(障害者対策基本法を受けて福祉がついた)という変遷をたどっています。

(追加)スウェーデンには死刑がないことや、無期懲役もなく刑期は最長20年くらいだとも言っていましたね。犯罪をおかした精神病者には、スペシャルなケアをお金をかけて行うことも。(まどか)

終わった後、いつものようにモルゲンで歓談しました。左からまどかさん、Annaさん、西原さん。

次回は鈴木さんに頼んで、住民の地域参加についてのお話となります。よろしく。

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