9月例会の報告(参加人数 15名)

『重度の障害者の施設を見学してーびわこ学園・旭川荘などー』

障害児の親の会代表の前田優子さんより見学された施設について発表をしていただきました。
プロジェクターを使用して、施設見学された写真を見せながら、その施設の概要や前田さんご自身が感じられたことなどを発表していただきました。
その後、盛次先生が「障害者観と視索の変遷」について少しまとめられ、全体で質疑応答。
そして例会終了という流れになりました。以下、例会での内容を順を追って簡単に報告します。

最初に、前田さんが重度障害者の施設を見学されるようになったいきさつを簡単に説明されました。
そして、「重症心身障害者(児)」とは、重度の知的障害および重度の肢体不自由が重複している人たちのことをいい、今回は重症心身障害児施設を見学に行かれたこと、重症心身障害児施設といっても、実際は18歳以上の方が多く入所されていることなどの説明がありました。
また、重症心身障害児施設では強度行動障害を持つ人たちを対象に柵付ベットが使用されていたそうです。

今回施設見学された4箇所のお話の前に愛媛整肢療護園の見学報告がありました。(以下前田さん作成のネット通信より抜粋)

【愛媛整肢療護園】

整肢療護園は3階建てで1階は外来診察室と訓練室。2階に1病棟と2病棟があり、基本的に病院でありナースステーションがあって病室があるというつくり。各病室からは子どもが呼べば声がナースステーションに届く。
各部屋づきのナースが1〜2人いて、病室内は車いすでの移動が基本。現在入園している子どもは50名。

★1病棟について

整形外科疾患のお子さんと幼児は必ずこちらの病棟になる。それ以外は子どもさんの障害の状態や2病棟とのバランスを考えて小学生と中学生がはいる。全室6人部屋で各室に冷暖房とテレビが完備。床はカーペット敷きで普通の病院にある柵付ベッドとちょっとした本や身の回りのものがおける消灯台がある。基本的に病室の雰囲気。子どもはベッドの中か床のカーペットの上に机をだして本を読んだり遊んだりする。プレイルームが1ヶ所あり、そこで食事の介助の必要なお子さんや要観察のお子さんは食事をする。それ以外のお子さんは園の食堂があってそこで食事。プレイルームにはテレビやおもちゃあり。

★園の日課表

6時    起床
         はみがき、せんめん、みじたく、しんぶんとり、ごみあつめ
8時  あさごはん、登校準備
9時  訓練、学校
12時 昼ごはん
13時 訓練、学校(帰る時間は子どもによってちがう。)
     自由時間、入浴
17時 夕ごはん(以前は4時半でした。)
         自由時間
          自習時間(6時半から7時15分)
          おやつ、はみがき
          寝る準備、あしたの準備
21時 就寝

食堂は勉強室兼用になっていて22時まで使用可。おやつはプレイルームで食べる子は2時半から、食堂で食べ
る子は19時15分から。病棟内は朝昼夕の食事とおやつ以外は飲食禁止でお茶がのめるだけ。

★2病棟

2病棟の特徴は元は畳敷きで今はカーペット敷きになっている部屋がある。寝返り、はいはいなど移動ができるお子さんを対象にした部屋で布団をしいて寝る。入り口に段差があって落下が心配だが、『職員の方へ。部屋を留守にするときは入り口にネットをするかドアを閉めてください。』と書いてあった。
この第2病棟で、以前MLで話題にもなった「柵付ベット」を使用。危険の認知のできないお子さんでさくの低いベッドだと自分の安全を守れないお子さんについて親の許可をえて使用するとのこと。このベットには鍵がついていて、前面のさくが左右に開いて出入りするようになっているが、夜など勝手に出ないように鍵をかけるそうだ。

★入浴について

浴室は1階。おやつの時間が終わったら3時ごろから入浴を開始。2時間から2時間半かけて入浴。入浴は職員が抱いてする。職員が3名水着で浴室に入るそうだ。入浴は週3回で洗髪はそのたびにする。おむつの子が多いが、おむつ交換のたびにおしりのケアをする。夏場はお風呂のない日はプールがある。必ずではないが身体をふくこともあるそうだ。洗濯は園が全部してくれる。

★面会について

土日は、第2、第4は必ず、第1、第3、第5は任意で家に帰ってもよい。土曜日の朝から日曜19時まで。土日は面会OK(9時から16時半まで)外出もOK。第1水曜は午後から16時半まで面会OK。第3水曜は朝から学校の見学も可能。それ以外の日は面会禁止。遠方から入園していて面会しにくい親子のことを配慮しての措置だそう。園は原則外出禁止で年1回父母の会行事として遠足があり。

★職員について

日勤(8時半から17時15分)は6人から10人。7時半出勤の人もいる。準夜、深夜は各病棟2人。21時までは遅出の職員が1病棟2人、2病棟3人。朝6時からの早出の職員が1病棟1人、2病棟2人。時差出勤。重度の子どもは、カメラのついた部屋やナースステーションのそばの部屋にいる。

この後、今回見学された4つの施設についての発表となります。以下、前田さんのネット通信より抜粋して報告します。

【旭川荘】

昭和32年4月、天を敬い人を愛する人間尊重の精神を基本に子どもからお年寄りの総合医療福祉施設をめざして創立。当初は肢体不自由児施設「旭川療育園」、知的障害児施設「旭川学園」、乳児施設「旭川乳児院」の3施設で発足。46年経過した今日、心身障害児・者、乳幼児、老人関係施設、専門職員養成施設、研修・研究機関、社会自立や在宅支援の諸事業など、50余の施設と事業を擁する「総合医療福祉施設」となる。民間社会福祉事業の特質を発揮し、岡山市はもちろん、高梁市、川上町、備前市においても地域福祉の中核として機能を果たしている。

※ 睦学園
平成7年4月に開園した重度の知的障害と重度の肢体不自由を併せもつ方のための医療福祉施設。このなかの中央棟を見学。ここは定員50名で現在46名利用。職員は管理職も含めて総数36名(看護士20名 保育士6名)。病棟の入り口に写真入りで紹介。入所している方は2才から50代まで。平均は30才ぐらいでは。半数ぐらいが学童。平成7年に出来た施設なので比較的入所者の年齢は若いと思われる。
中央棟はコの字型になっていてコの字の横棒の部分に病室がある。縦棒の部分にナースステーションや日中みんなで過ごす活動室や畳の部屋、浴室などがある。
人工呼吸器を使っているようなかなり重度の医療的ケアの必要な方も入所している。どんなに重症な方でも1日中ベッドに寝たきりの生活にしないということが方針で、日中は必ず車椅子に移動していろいろなグループ活動をしてすごすようにしていた。そのためのサークルもいろいろあった。また畳の部屋があってそこでは自由にくつろげるようになっていた。保育士がおり、理学・作業療法士なども来てくれる。
朝は自分の服に着替えて生活。洗濯は旭川荘全体でまとめてする作業所があり、そこでは障害をもった人が働いているそうだ。洗濯した洋服をまとめてしまっておくたんす部屋があった。入浴は週2回、午後に行われる。ナースステーションの前の場所は通路兼脱衣場兼食堂となっている。浴室には脱衣場はなくこの通路をカーテンで仕切って脱衣場にする。そして食事の時にはテーブルを出して食堂になる。それ以外は自由に活動する場所となっている。
各病室には下の写真のような「さくつきベッド」がかなりあった。個人に合わせて 柵の高さもベッドの高さも違い扉の開き方も観音開きあり引き戸ありで特別に注文して作ったものだそうだ。日中は病室の外で過ごすので寝るときにしかベッドは使いませんが寝た後には鍵をかける。
トイレは自分でできるような作りになっている。自力でトイレにいける人は10人程度。おむつの人が多いがおむつの交換については基本的に定時交換ではなく自分で意志表示できる人はそのときに交換し、あとのひとについても声をかけてぬれていれば交換。
平成7年にできた施設にしては全体的に狭いという印象。特に脱衣場や食堂がないのは驚きだった。
見学中に畳の部屋でくつろいでいた人が多かったが満員状態という感じだった。

※ 旭川療育園
主に手足に障害をもつ、幼児から18歳未満の児童を対象にした医療福祉施設。40名利用しているが、そのうち短期の利用者は10名ぐらい。高等部まである養護学校が旭川荘に併設されているので高等部に通うための利用もある。病室自体、睦学園の病室に比べて広かったが、これは障害が比較的軽く車椅子で移動することを考えて広くしているそうだ。病室には、電気スタンドのついた勉強のための机があったり、壁には好きな選手のポスターがはってあったりして普通の高校生の寮の部屋の雰囲気だった。ベッドや机以外にトイレもついていてたんすもある部屋があり、施設をでたあとの生活のための訓練ができるようになっている部屋もあった。


【第一びわこ学園】

1、概要

社会福祉法人びわこ学園は、滋賀県立近江学園での療育実践の結果、重い障害児に対し医療と教育の機能をもつ重症心身障害児施設が必要であるという結論により、病院の機能をもった児童福祉施設として昭和38年設立。全国で2番目の重症児施設である。

 近江学園は「この子らを世の光に」で有名な故糸賀一雄先生が作られた施設で重度の知的障害児と戦争直後にたくさんいた浮浪児のための施設でした。特殊教育、発達保障の分野で実績がある。東京のほうでは重症児の施設は病院が母体となって作られ家族の救済が目的だったそうだ。このためびわこ学園は医療面で少し弱いところがあり、現在の草津市に1991年に移転するまで(その前は大津市にあった。)整形外科の医者はいたがリハビリの療法士はいなかった。(現在はもちろん整備されている。)

 重症心身障害児(以下重症児)とは、重度の知的障害及び重度の肢体不自由が重複している人たちをいう。しかし精神遅滞が重く、肢体不自由がないかあっても軽い(おぼつかない歩行可能な)人たち、また肢体不自由が重く精神遅滞の障害が比較的軽い人たちも重症児施設に入所している。障害が重く、ほとんどが全面的な生活介護を要するだけではなく、障害に起因する問題(てんかん等)やさまざまな健康的な問題をもつ人が多いため医療的な支えを必要としている。

 そのために重症児施設は児童福祉法上の施設であると同時に、医療法で規定される病院となっており、医療、看護、リハビリテーション、療育(介護)、福祉が力を合わせて重い障害をもつ人たちの生活を支えている。

 児童福祉法上の施設になっているが、重症児施設は18歳を超えても入所できることになっており、ライフステージにふさわしい重症児(者)療育のあり方が求められてきている。

 また最近では、呼吸機能や嚥下機能、消化器、姿勢など医学的管理が絶えず必要とされる「超重症児(者)」といわれる人たちや、歩行は可能であっても、身体疾患や強度の行動障害を有し、重症児施設のもつ医療機関を必要としている人たちに対する支援のあり方も、重症児施設での大きな課題となっている。

2、基本方針

「ふつうの生活を社会の中で」が基本方針。
入所施設としての機能以外にも外来診療部門をもっており短期入所事業も実施。
入園している重症心身障害児者の生活については家庭的なものとし、療育・医療を充実することが方針となっている。

3、第一びわこ学園の特徴

第一びわこ学園は平屋建てで普通の家のように作られている。入所者8〜9名で1つのホームとなっており4つのホームでひとつの病棟を作っている。ひとつのホームには病室のほかにプレイルームや食堂があり玄関もあった。浴室と脱衣場は病棟にひとつとなっていた。この病棟という名前も病院を連想するから住棟にかえようという意見がでていでした。

びわこ学園の1日

6時 起床・更衣
7時 朝食
8時 洗面
10時 設定活動
12時 昼食
14時 設定活動(入浴)
17時 夕食
18時 洗面
19時 更衣
21時 消灯

朝は必ず着替える。日中活動は、外にでかけることもあれば音楽・絵画などのサークル活動もある。自治会活動もあって自分達の病棟の活動(誕生会、夏祭りなど)は自分で決める。昨年ぐらいから1泊旅行もしているようだ。

★ 食事はひとりひとり違っている。ペースト状にしたり、刻み方もさまざま。経管栄養の方も多く(半数以上かも)食事は職員と1対1で話しながらゆっくり食べていた。職員の数が足りないので全員がいっせいに食べることはできず順番に食べる。よって夕食は5時からだが7時まではたっぷりかかるそうだ。

★ 職員の数は140人でほぼ入所者に対して1対1以上だが、実際は交代勤務なので、ひとつのホームに昼間で2〜3人。夜勤はひとつの病棟(4つのホーム)で2〜3人。この施設はホームに分かれているため職員が勤務する動線が長く、死角が多いと思われる。そのため安全のため監視カメラを使っている部屋があった。ここの職員は看護師も白衣を着ていない。Tシャツとトレパン(?)でした。女性職員が多く男子職員の数が少ないのが悩み。

★ 入浴は週3回。ここは器械浴でした。

★ この施設でちょっと驚いたのが入所者の移動にリフトを使うこと。各自の車椅子にのせるわけでもなく、抱えて移動するでもなく、リフトで運ぶ。荷物を運んでいるようでありあまりいい気持ちはしなかった。

★ ここにも『さくつきベッド』があった。職員の間でも使用に反対はあったそうだが、どうしてもみれないというので使っているそうだ。ひとり異食の傾向のある多動の入所者の方がベッドに抑制帯でつながれていた。その方は「さくつきベッド」を使用しているそうだ。

★ 最後にデイルームにいた入所者の方と交流した。この施設から地域にでて自立生活をしたいと希望されている方がいるのでその方とお話した。この方は年齢は40歳以上だが、現在養護学校の高等部に通っている。第一びわこ学園の前には草津養護学校(本校)があり、学園内に分教室がある。過年齢の方も教育委員会と交渉して通えるようになっている。何人部屋がいいですか?という質問に対して(現在は4人部屋)もちろん個室がいいという声があちこちから。その理由は同室者に気兼ねなく音楽がききたいという意見が多かった。高校の友達を自分の部屋によびたいとも言われていた。その通りですよね。自分の部屋で友達としゃべったり音楽を
聞いたりしたいというのは至極当然の要望でしょう。この方達の部屋も見せてもらった。テレビがおいてあって、壁には好きな歌手などのポスター。4人部屋に所狭しと私物がおいてあった。女性入所者の部屋にはハンガーにかけた洋服がいっぱい。自分の空間が必要であると実感。これでは施設のなかでは十分に自立した自分の生活はできないであろうと思った。

社会福祉法人びわこ学園は2000年4月より大津市内の「やまびこ総合生活支援センター」にて「知的障害児者生活支援センター」の運営を委託されている。また2002年5月にはびわこ学園長浜診療所が開設。湖北には重症児の施設がなく家族の会によるグループホーム作りがすすんでいるそうだ。同じように重症児のグループホームを作る動きは長野県、宮城県でもあるそうだ。

【枚方療育園】

1、     概要
枚方療育園は精神病院を宝塚のほうで経営されていた方が大阪府より重症児の施設作りを依頼されて開設されたもので、現在も理事長も院長も精神科の先生。が、今は診療科も小児科、整形外科などもあり、理学療法、作業療法、言語療法などリハビリも充実している。入所だけでなく、外来診療もあるし、短期入所や訪問リハビリもある。長い間国立の療養所以外では大阪府では唯一の重症心身障害児施設。場所は京都と奈良と大阪の境界線が接するあたりの相当不便な所。今年の4月に新しく建物を新築したばかりなので広くてとてもきれいだった。
この療育園がユニークなのは、「設立の理念は何だったのですか、」と質問したときに「理念はないです。」という答えが返ってきたこと。創設者の理念が大きな影響を及ぼし続けているびわこ学園と大きくちがうところでした。

2、設備などの紹介

★部屋は4人部屋で明るく広々していました。部屋の中に洗面台とクローゼットがある。各部屋の入り口には消毒液をおくスペースが作ってある。毎朝必ず着替えて日中はデイルームですごす。部屋の時計は部屋ごとに違っている。発作があったときなどに時間を正確に計れるように必ず秒針のついた時計にしている。各部屋は緊急時に備えて扉でつながっている。畳の部屋は家でずっとたたみで寝ていてベッドになれない人たちが使っている。病棟内には陰圧室や(SARSで話題になった)感染者用の病室もあり。

★トイレにはおしりが汚れたときにすぐ洗い流せるシャワー台があった。このシャワー台を使わなくてもおむつ替えのときには必ずおしりを洗う。おむつかぶれやじょくそうはひとつもないそうだ。

★日中過ごすデイルームは床暖房。まわりの壁や柱はすべてクッションになっていて体をうちつけても大丈夫なようにしてあった。ここの施設のすごいところは入所者の移動はすべて抱いて行うこと。愛情あふれるスキンシップということを大切にしているからだそうでリフトの器械は設置しなかったそうだ。

★入浴は週2回。浴室はとても広く脱衣室も更衣室も乾燥室もある。人工呼吸器をつけている方も体調がよければ必ず入浴させ清潔という点には気を使っているということだ。入浴も器械浴ではなく必ず介助者の手で抱いていれる。

ここの施設は重症児を介護するうえで
@感染予防のために清潔にたもつこと
A生命の安全を守ること
B愛情をこめたスキンシップを大切にすることにはとても力をいれていること
がわかった。

なにより新しくて広いのでさまざまな用途の部屋が用意してあり(保護者が面会に来たときに休憩する面会室などもあり。)設備は優れていると感じた。他の施設では狭いために入所者の車椅子が脱衣場においてあったりしていたのだがそのようなこともなくゆったりとしていた。

3、外来者も利用するリハビリ室も見せてもらったが、そこでおもしろいものを発見した。

★  スヌーズレンルーム
デンマークの片岡さんの説明によると、これはもともとはオランダで考え出されたものだが、それを10年ほど前にデンマークのオーフスにある一施設が重心の障害児・者に開発応用し、その後、北欧全体に広がったそうだ。日本でも最近はちらほら紹介されるようになってきた。このスヌーズレンの基本的なコンセプトは、言葉で表現できない人と介助スタッフが、同じ位置で出会い、いろいろ工夫された設備を共に体験し、1+1が3となるような共通体験を作り出すことにある。さらに、療法のように効果を追求するのではく、「楽しみ」「快適性」の体験そのものを目的とすることによって、QOLを高めるのだそうだ。
この枚方療育園の方の説明では重症児に使うというよりお母さんのリラックスのために使うそうだ。
いつも重度の障害児の世話で疲れているだろうからゆったりとした気分になって疲れを取ってもらう『癒しの空間』という感じだった。子どもについては自閉症児に使うと行動が落ち着くといわれたがこの部屋にはいって気分を落ち着かせるのではなく、日常の病棟の中に落ち着ける空間がなければだめでしょうね。というお話でした。少し片岡さんの説明とは用途が違うと思われた。
他にカプセル状の設備でやはりそのなかに入ると気分がリラックスするというものもあった。

【まとめ】

★ 府中療育センター(東京都)
【※今回の発表では、写真撮影が出来なかったため、あまり取り上げていません】

<よかったところ>
・さくつきベッドを使用していない。
・チェック表などを使って、入所者の人権によく配慮している。
・日中活動が盛ん。バスハイクによく出かけている。

<いまひとつなところ>
・朝必ずパジャマから着替えない。おむつも定時交換。
・設備が古くて狭い。
・医療行為の必要な重症児の棟は完全に病院となっている。

★ 旭川荘      (岡山県)

<よかったところ>
・障害児・者の生活という視点がある。
・どんな重症の方でも一日中ベッドに寝かせきりにしないことを方針にしている。

<いまひとつなところ>
・さくつきベッドの使用が多い。
・設備が狭い。

★第一びわこ学園      (滋賀県)
<よかったところ>
・障害児・者の生活という面を非常に重視している。病院色が一番うすい。
・入所者の意見・意思を汲み取る努力をしている。療育・教育を重視している。


<いまひとつなところ>
・入所者の移動をリフトで行っている。
・器械の使用が多い。

★枚方療育園      (大阪府)
<よかったところ>
・新築したばかりなので広くてきれいで設備面で優れている。
・介護・看護の質が高い。生活という視点もある。

<いまひとつなところ>
・療育・教育という視点が弱い。
・ここだけ学校が訪問教育しかない。
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最後に盛次さんが「障害者観と視索の変遷」について少しまとめられました。

「障害者観と施策の変遷」
★古代社会
  ・遺棄・抹殺
  ・子どもは葦の船で流された
  ・占い師や呪文師としての役割をもった障害者
★仏教伝来(他の宗教もほぼ同じ)
  ・その思想によって遺棄は否定
  ・「宿命」因果応報」
  ・救済の対象とする障害者観
★江戸時代以降
  <視覚障害者>
   ・地位が確立され、職業の保護や租税の免除
  <見世物小屋>
   ・「見世物」となったり、「非人」として非人小屋で救済を受ける者
  <明治期から昭和初期>
   ・政策的な障害者福祉は存在しなかった
   ・特権は、明治政府においては打ち切られた
   ・惰民をつくらないという観点
   ・身体に障害があっても社会的に救済を積極的に行うべきではないとする考
    えに裏づけられていた
★傷痍軍人
軍務に服して傷病を負い、あるいは死亡した場合については、国家の義務として、本人や遺族に対して、一般の
窮民に対するよりは丁重に扱うべきという観念
 <906年(明治39年)癈兵院法>
  障害を負った軍人・軍属に対しては、医療、補装具、さまざまな訓練、職業補 
  導、生活援護など、精神的激励から社会復帰までの一連の施策が強力に実施
★障害者対策
  ・1929年の「救護法」で救済の対象
  ・宗教団体や民間の人々による慈善事業や社会事業
  ・1946年の「日本国憲法」の制定
    ・「児童福祉法」の成立
    ・1949年「身体障害者福祉法」が成立
      軽度障害者の職業的更正を中心としていたため、重度障害者は施策の 
      外におかれることになった
★障害者対策2
  ・成人知的障害者への施策は、1960年の「精神薄弱者福祉法」
  ・1950年代から60年代にかけては、障害児・者福祉の法整備
  ・1960年には身体障害者の就労を支援する「身体障害者雇用促進法」が制定
  ・1960年代後半には、「コロニー」についての検討
     欧米諸国の「脱施設化」、そしてノーマライゼーション思想の普及という状
     況の下で、「コロニー」は全国各地に建設
  ・1970年「身体障害者対策基本法」が制定
     モデル事業として示されるにとどまり、十分な施策の実施には至らず

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ご意見や感想などありましたら、
ぜひ、MLにてお話ください。

文責 坂本 有希

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