渡辺まどかさんのコーナーです。

雑誌や新聞に掲載された文章をまとめました。

雑誌女性展望の記事 00.9.26
愛媛新聞 四季禄への連載「地球の割れ目から民主主義が生まれた?」 00.10.3
愛媛新聞 四季禄への連載「女性の大統領」 00.10.10
愛媛新聞 四季禄への連載「誰にも傷つけられたくないもの」 00.10.17
愛媛新聞 四季禄への連載「インターネットとヴァイキング」 00.10.24
愛媛新聞 四季禄への連載「火と氷の国のエネルギー」 00.10.31
愛媛新聞 四季禄への連載「福祉施設でのキス」 00.11.7
愛媛新聞 四季禄への連載「福祉でも違う何か」 00.11.14
愛媛新聞 四季禄への連載「カワイイコ」 00.11.21
愛媛新聞 四季禄への連載「フィンランドの響き」 00.11.28
愛媛新聞 四季禄への連載「スマイルの違い」 00.12.5
愛媛新聞 四季禄への連載「高齢社会へのキー」 00.12.12
愛媛新聞 四季禄への連載「フィンランドの男女」 00.12.19
愛媛新聞 四季禄への連載「オープンな北欧」 00.12.26
愛媛新聞 四季禄への連載「千年先の人たちに」 01.1.1
愛媛新聞 四季禄への連載「ノルウェーの恋人たち」 01.1.9
愛媛新聞 四季禄への連載「子供と政治」 01.1.16
愛媛新聞 四季禄への連載「男のネットワーク」 01.1.23
愛媛新聞 四季禄への連載「北欧の子どもは幸せ?」 01.1.30
愛媛新聞 四季禄への連載「自転車大国」 01.2.6
愛媛新聞 四季禄への連載「女神と保育士さん」 01.2.13
愛媛新聞 四季禄への連載「世界一住みやすい街」 01.2.20
愛媛新聞 四季禄への連載「北欧のタイタニック」 01.2.27
愛媛新聞 四季禄への連載「サンバと偏見 」 01.3.6
愛媛新聞 四季禄への連載「嫉妬にもチャレンジ 」 01.3.13
愛媛新聞 四季禄への連載「笑う兵隊 」 01.3.20
愛媛新聞 四季禄への連載「私たち自身の社会 」 01.3.27

雑誌女性展望の記事

アイスランドとフィンランドの女性たち       渡辺まどか

 市川房枝記念会は、3回目の北欧スタディーツアーを7月30日〜8月9日に実施した。平等参画・平和・福祉をテーマにデンマーク・アイスランド・スウェーデン・フィンランドを訪ねた。世界初の女性大統領との会見、福祉施設訪問、岡澤憲芙教授の講議など、内容の濃い10日間だった。その中から、アイスランドとフィンランドの女性たち、両国の福祉の特徴について紹介したい。

アイスランドの女性たち〜世界初の女性大統領・女性党〜

 アイスランド大学では、フィンボガドッティル前大統領と教授たちの講議をうけた。彼女は1980年以来16年間、世界初の女性大統領を勤めあげた。
 前大統領は、自分が世界初の女性大統領になった背景には、1975年に行われた"女性の休暇(day off)”があると強調した。アイスランド全土の女性たちが、仕事も家事もその日いっせいにやめたのだ。女性も男性も、その特別の日を楽しむ雰囲気があったそうだ。その流れがあり5年後、彼女は多くの人に推されて大統領の職についた。現在は、世界中の女性の首相・大統領経験者たちの会議を運営、また各国で講演活動などを行っている。
 彼女はまた、アイスランド独自の言語を守る努力・必要性を訴えた。たった27万2千人のアイスランド国民のアイデンティティーへの思いは、切実だと感じた。
 教授たちの講議は、女性と政治・教育についてだった。その中でグ二ー教授は自らの議員体験も交え、女性党について説明した。女性の政治参加のため1983年に創設された女性党。リーダーなしの平たんな組織性を、重要視している。現在は首都レイキャビク市長、また国会63議席のうち2人をこの党から送りだしている。
 その後の夕食会で、質問に応じて前大統領が記した座右の銘がある。「見えないものを見る人だけが、不可能を可能にする」。ビジョンを描き、まい進する者は夢を果たすというその意味を、噛み締めていた参加者は多い。

フィンランド男女平等オンブズマン、フィンランド女性連合

 世界で最初に被選挙権も含めた女性参政権が得られた国は1906年、まだ独立以前のフィンランドである。そんな歴史を持つフィンランドの女性連合のマリア・ビリアネンさん、男女平等オンブズマンのピルコ・マキネンさんらと会見できた。意外にもマリアさんは、この国で男女平等が達成されたというのは偏見だと主張した。それは本当だろうか。
 オンブズマンのピルコさんの話から、その疑問への答え、フィンランドの男女の今がわかる。1987年に男女平等法が制定され、この法のもとオンブズマンは設置された。オンブズマンは国家公務員であり、国民の誰でもが無料で質問や苦情を提出できる。裁判に比べ、安価で問題解決できる手段でもある。日本の私たちから見ると、とてもうらやましい制度だ。オフィスには15人のメンバーがいて、そのうち6人が弁護士。年間約200件の問題が取り上げられる。内容は職場での差別、賃金格差などが多いが、最近は男性からの問題も30%ある。男女平等の問題点を例にあげてもらった。・女性の昇進に際してガラスの天井が存在し、政治の場を除き役職につく女性が少ない(現職大統領は女性。女性閣僚は40%)・男女の賃金差があり、現在女性の賃金は約20%男性より少ない・保育所整備、育児休暇は進んだが、女性の家事・育児時間がいまだに多い・女性への暴力。2年前の調査で、女性の40%がなんらかの形で暴力を受けたことがあると判明した。
 この国のような先進地でも、問題はあるのだ。だが感心したのは、彼女たちの、けっしておごらず事実を伝えるという姿勢だ。進んだ北欧に学びに来た私たちに、隠さずに。
 日本に帰国後やり取りしていたメールに、ピルコさんはこう書き添えていた。「交流を続けましょう。協力し経験を分かち合うことで、私たち女性は恩恵を受けるのです。」

アイスランドとフィンランドの福祉

 アイスランドではまず首都レイキャビク市の福祉全般の説明を受けた。ここの福祉は、全ての人にとり、働いて自立できることは不可欠との理念で1967年に始まった。1991年の社会サービス条例と家賃補助サービス条例などが、法的よりどころである。社会福祉局長ララ・ビョンドッティルさんが強調したのが、利用者自身の企画への参加の重要性。レイキャビクでは、高齢者対策には在宅、デイセンター、サービスハウス、移動や食事サービス、どの世代でも自由に利用できる13の社会活動センターなどがある。
 その後、ミズガルズル社会福祉センターを訪問。日本では縦割行政で総合窓口なしが多いが、ここでは部局横断型の児童福祉が試みられていた。一日の利用件数は約60。地区の運営委員会を中心に、他の組織と連係し、チームを組み話し合いで問題解決にあたる。連係しているのは市の社会福祉課・教育センター・スポーツ委員会・保育園など。来年までの実験であり、続行するかはその後決定されるが、若い職員の意欲が伝わってきた。
 フィンランドでは高齢者施設カンピサービスセンターを訪れた。30件のケアハウスを有し、種類が豊富な各種アクティビティー、給食サービスなどが提供されている。首都ヘルシンキの年金生活者、失業者に解放され、一日約2500名が活動している。サウナ、理容室、フットケア、銀行などの民間業者も入っている。ヘルシンキ人口は57万人だが、このようなデイセンターが8つ、他のケアハウスが40、民間もわずかだがある。
 苦情処理は誰がするかの質問に、所長のマリアさんが、自分だと答えた。フィンランドにはスウェーデンのような福祉のオンブズマンシステムがない。実際には自治体にも苦情がいくと説明されたが、所長自身に対する苦情には、対処しにくいだろう。
 訪問地のお年寄りはいきいきしていた。また両国の福祉はスウェーデンに比べ日本にも手が届きそう、と感じてしまう。日本の突破口へのヒントを得たい、そう強く思った。Top

愛媛新聞 四季禄への連載

1回目

地球の割れ目から民主主義が生まれた? えひめ北欧から学ぶ会 渡辺まどか

 北欧と聞いて皆さんは、いったい何をイメージするだろう?
 私にとって北欧は、学生時代からの憧れ。大袈裟にいえばライフワークの1つだ。工面してこの夏も旅したが、なぜ?と思うこと、驚いたこと、ジーンときたことが多かった!
 私は未熟者だ。でも私の「!」や「?」を、皆さんに手渡してみたい。それからおそるおそる、でもわくわくしながら、あなたが何を感じるかを聞いてみたいのだ。・・・・・・・ 
 アイスランドという国がどこにあるか、ご存じだろうか?
 アイスランドはイギリスの北西の、北極圏に接する島国。松山市よりもずっと人口の少ない、北欧にある小さな国だ。
 驚いたことが多い。そんな小国なのに航空会社がある。サービスもいい。人口約27万なのに、ショッピングモールにポルシェの販売店もある。福祉も整い、人々は総じて豊かそう。
 世界で初の民主国会が開催されたのは、西暦930年のアイスランド。シンクヴェトリル国立公園というその地に行った。高さ30mくらいの崖が、両側に延々と続いていた。
 そこは、地球の割れ目といわれる。地球の内部からあがってきたマグマがその下で左右に別れ、水平に進んでできた割れ目なのだ。この崖と崖の幅は、広いところでは1km以上あっただろうか。
 狭い場所もある。崖というより小さな地割れ。そこを私は思わず股いで写真を撮った。
 どうだ!地球の割れ目を股にかけたぞー。うふふ。この下わずか10kmか20kmには、マグマがたぎっている。ここは地球の表面の赤ちゃんが、日々生まれているところでもあるのだ!地球が息づきお産をしている。写真の私は、やっぱりにんまりしていた。
 世界の議会の母といわれる場所は、議事堂ではなく、こういうアウトドアだったのだ。先人たちは一方の崖を背にして討論し、法を伝えたという。マイクの代わりにその崖を音響版のように利用し、皆で話し合うという民主主義の源を創った。
 現在のアイスランド国会議事堂へも行ってみた。なんと外国人の私でも、表からの出入り自由。有権者は裏からのみ、国会議員は初登庁時だけ表から入れるという、東の国を思った。
 マグマと生きた民主主義が、オーバーラップする。
 あなたにとって、私にとって、民主主義ってなんだろう?Top

2回目

女性の大統領

 「見えないものを見る人だけが、不可能を可能にする」
 アイスランドで、世界で初めての女性大統領は生まれた。
 フィンボガドッティル前大統領の誕生は、一九八〇年。その後には、女性の大統領・首相が各国で生まれた。今では、二四人以上の女性大統領・首相経験者が存在するそうだ。
 どんな人だろう。誕生した背景は、何だったのだろう。またプレッシャーや嫉妬など、とてつもない苦労があったろう。それを乗り越えてきた彼女から、私は何かを得たい。
 この夏、彼女とお会いできた。その日は忘れられない日になった。
 美しい方。これは正直な印象だ。凛として、でも優しそう。背はすっと高く堂々としている。立ち姿は、遠くからでも目をひいた。
 アイスランド大学で彼女の講議を受けた。女性大統領の誕生の背景には、七五年の「女性の休暇(day off)」があるそうだ。全国の女性がこの日いっせいに、仕事や家事を休んだ。どれだけ女性が社会に貢献しているかを、証明したかったためという。午後には多くの女性がイベントに参加し、ラジオは「さあ台所仕事をどうしよう」とおどけたそうだ。
 意外だったのが、女性のみならず男性もその日を楽しむ雰囲気があったということ。本当だろうか。彼女は今は、世界中の女性の首相・大統領経験者の会議を運営している。その話でも、こう強調した。「女性も男性も協力して初めて、リーダーシップが発揮されます」。女性の社会進出というとき、男性との対立より協力が大切、と言い
たいのだろう。
 簡単に日本と比べられない。でも女性進出のうねりの先端にいた人の、この言葉には、重みがある。
 その後の夕食会で私は、日本から来ていた女性議員らと彼女の話を通訳する、幸運に恵まれた。話題は、初めは政策についてだった。でもだんだんと「いかに生きるか」「どう困難を乗り越えるか」に移っていく。私も言葉の橋渡しをしながら、熱を感じてきた。
 白夜だった。私たちは、総ガラス張りで三六〇度、外が見えるレストランにいた。彼女の後ろに、地平線が広がる。その上の雲は、濃淡のある灰色やブルーグレー。雲の間からはオフホワイトの光。海も光を映している。そして光はしだいに、オレンジに変わった。
 彼女は紙に書き、数人に渡してくれた。「見えないものを見る人だけが、不可能を可能にする」ビジョンは目に見えないが、それでもビジョンを描けば、不可能は可能になる。
 そうやって乗り越えてきたのか。私は今でもその紙を、折にふれ、ながめている。Top

3回目

誰にも傷つけられたくないもの

 「あなたの誇りってなんですか」と聞かれたら、皆さんは、どう答えるだろう。
 学生時代のある日、札幌の実家に帰省すると一人のアイスランドの学生がきていた。彼は北海道大学の留学生だった。私の両親は、外国からの人を招くのが好きだったのだ。
 アイスランド?へえ北欧にあるのか。アイスランドの人ってどんなこと考えるのかな。
 しばらく一緒に食事を楽しんだあと、彼は私の父に、挑むようにこう尋ねた。
 「アメリカに、ヨーロッパから最初に行ったのは誰か、知ってますか」歴史好きの父が、こう答えた。
 「アイスランド人。コロンブスよりずっと前に、アイスランド人が到達したね。」
 「そのとおりです!」
語気を強めて彼は言った。そして顔は、満面の笑みになる。彼はシャイな風貌で口数は多くないが、このときは饒舌になった。それが誇りなんだなあと、学生の私は感じた。
 でも誇りって何だろう?「大切にしている誰にも傷つけられたくないこと」だろうか。
 だとすれば、大切にすることは人によって違う。例えば、自分の住んでる地域を何より大切に思う人がいる。また会社が一番という人もいる。それが、国の人もいれば宗教の人もいるのだ。そして自分の話している言葉。その言葉を、大事に感じる人も多いだろう。
 前回お伝えした、アイスランドで誕生した世界で初めての女性大統領。そのフィンボガドッティル前大統領も、アイスランドの言葉の危機を訴えていた。アイスランドの人口はわずか約二七万人。おまけにアイスランド語はヨーロッパ最古の、独特な言語だ。その言葉が危うい。彼女自身、子どもたちに伝統的な言葉を教える施策に取り組む努力をしてきた。日本的感覚だと理解しにくいかもしれない。でもたった二七万人の、独自の言葉を守る思いは、胸に迫ってきた。いったい私には何ができるのか、まだわからないけれど。
 インターネット普及もあり、英語が地球規模で昔より主流になったと聞く。だからかえって小さな地域の言葉こそが心のよりどころ、と感じる人が増えたとも思える。「私たちはこうなんだ」と胸をはれるもの、つまり誇りは、無くてはならぬものになったのだ。
 ただ逆に過剰な誇りで、悲劇が起きる地域も多いことは、忘れてはならないと思う。
 誰にも傷つけられたくない誇り。翻って私たちの場合は、いったいどんなだろう。Top

4回目

インターネットとヴァイキング

 インターネットと北欧のヴァイキング。この取り合わせは、奇をてらってると思うだろうか。でも私は二つを、だぶってイメージしてしまうのだ。
 アイスランドのインターネット普及率は世界一。アイスランドに限らず、北欧全体で情報端末の普及率は高い。そのため次なるIT革命は北欧中心で起こる、と主張する専門家もいる。
 でもどうして?その新しいことへの挑戦精神は、どこからきたのだろう。また先見性がそこまでさせたのだろうが、先見性って、どうしたら得られるのか。
 そこでひらめいた。もしかしたらヴァイキングが関係してるのでは?
 北欧の人たちにとって、ヴァイキングは誇りだ。例えばあるデンマーク女性は、ヴァイキングは海賊なんかじゃないと主張した。確かに血なまぐさい略奪の歴史はあるが、普段は彼らも農を営む人間だったのだと強調する。私も北欧で、ヴァイキング船を親子で創る地道な、観光目的でないイベントを見たことがある。前回もお伝えしたが、あるアイスランド男性はこう自慢げに言った。北米に行き着いた最初のヨーロッパ人こそ、アイスランドからのヴァイキングなのだと。
 ヴァイキングの歴史はわくわくする。しいたげられた人たちが新しい土地を見つけ、でもまた追われて今度は別の地に遭遇する。その追放と新天地の、ドラマの連続だからだ。
 具体的には、まずノルウェーの圧政から逃れた人々が、アイスランドにたどり着く。九世紀のことだ。そのアイスランドから赤毛のエーリクが、隣のグリーンランドに到達。彼はヴァイキングの首長だったが、九八二年、追放されて来たのだ。そして西暦千年、北米に達した初のヨーロッパ人は、なんとその赤毛のエーリクの息子だった。
 この歴史で皆さんは、何を思うだろう。
 私はやはり、北欧のインターネット普及はヴァイキングの挑戦精神から、とにらむ。
 でももう一つ、感じたのだ。それは、世の中でこぼれたりはみだしている人が、先見性を持ちやすいのでは?ということ。
 あ、こう聞くと張り切る人が、愛媛にも結構いるかもしれない。北欧大好きなんていうちょっとはみだしっ子の、私のほかにも!
渡辺まどか(えひめ北欧から学ぶ会)
*北欧の学習会を毎月第二火曜、松山市総合福祉センターでしています。皆さんどうぞ。Top

5回目

火と氷の国のエネルギー

 北欧の島国、アイスランドは「火と氷の国」といわれる。火山活動が活発な一方で、アイスランドという名のとおり、氷河が多くの国土を覆っている。
 その特徴は、この国のエネルギー活用にも表れていた。なんと、エネルギーのほとんどが火山の地熱と、氷河からの急流による水力だ。現地で聞いた話では、一七ある発電所のうち三が地熱発電、一四が水力発電。調べたら、地球温暖化を引き起こす石炭や石油などによる電力生産量は、わずか〇.〇六%。ちなみに原子力発電は、ゼロ。
 日本の大学の、ある科学者にそれをEメールでお伝えした。返ってきた言葉は「いや〜すばらしい」。彼はアイスランドについてのたくさんの質問とともに、こう書いてきた。「化石燃料を使わずに暮らしてる先進国があるとは知りませんでした」。
 地熱を利用した給湯や暖房は、首都レイキャビク市では、ほぼ一〇〇%。私はこの連載の二回目に、アイスランドで誕生した世界初の女性大統領との夕食会を書いた。その時のレストランこそ、熱湯貯蔵ステーションの上に建てられたものだった。そこからレイキャビク市全体に、生活に不可欠なホットウォーターを供給していたのだ。だからこの国は、日本車などの車は多く走っているのに、透明な空気で知られている。
 地熱は他に、温室栽培に使われ、野菜の生産を高めている。またこの国一番人気のスポーツは水泳だが、温水・温泉プールにも地熱が活躍しているのだ。
 こんな天然エネルギー活用のおかげか、アイスランドは一人あたりの電力消費量が世界一。そしてその電力量のうちわけでは、約九割が、急流を利用した水力発電だ。
 
 私はその急流でも特に壮麗というグトルフォスの滝に行った。幅は百m以上あるかと思われる、大滝。岸を歩き、全身ぬれるまで水しぶきを受けた。水の色、両岸の緑と花々、日の光。流れには虹がかかった。黄金の滝という異名は、この光景からだろうか。
 滝のそばの草むらに、少女の彫像があった。昔、少女シグリドゥルは、この流れをせき止めるダム建設に反対したという。彼女は外国の発電資本から、この自然を守り抜いた。
 そんな事実もあったのか。クリーンなエネルギーなら手放しでいいのかと、彼女は私に言いたいかもしれない。
 もっと知りたくなった。彼女のことも、エネルギーのことも。Top

6回目

福祉施設でのキス

 アイスランドは、北欧にある人口二七万人の島国。そんな小国だが福祉は整い、人々は物心両面で豊かに見える。特に資源が豊富な国でもないのに。
 一方、日本は経済大国だ。なのに老人と介護者の、将来を悲観しての心中をよく聞く。
 二つの国は、福祉でも何か深いところで違う。私は実際に、それを感じたいと思った。
 この夏、アイスランドの首都のレイキャビク市社会サービスセンターに行った。そこで、福祉全般についての説明を受けた。社会福祉局長ララ・ビョンドッティルさんは、頼もしそうな女性。ここの福祉は、全ての人が自立できることが大切との理念で始まったという。高齢者むけでは在宅、デイケア、サービスハウス、移動や食事サービスなどがある。十三ある社会活動センターは、高齢者だけではなくどの世代でも自由に利用できる。他にも日本と違うことがあった。それは「利用者自身による企画への参加」ということ。いかに利用者を企画する側に巻き込むかは、今後五年間の目標にもなっていた。
 そのサービスセンター別棟二階にグループホームがあった。高齢者が数人で、援助者と一緒に住む場所だ。八二歳の利用者の女性が、自分の部屋を見せてくれるという。
 眼鏡をかけた大きな女性。顔はニコニコしている。「よくきてくれましたね」と、いきなり私は抱き寄せられ、ほっぺにキスされた。キスは欧米ではフランクな親愛の表現だけど、まさか福祉施設でされるとは。もしかしたらこの人、寂しいのかしら。
 いや、それは見当違いかと、そのあと思った。目に入ってきたのは、暖かい感じのベッドルームと奥の応接室。彼女が持ち込んだらしい、アンティークな調度品の数々。窓から日光が優しくさしこむ。孫や子どもたちの写真も、一つ一つが工夫されて飾られていた。誰の部屋も個室で、室内は好みでアレンジできる。そのうえ彼女は友だちや家族と、毎日のように自由に会話や趣味も楽しめる。職員にも気軽に意見を言える。この国では老いても、誰にでも、こんな暮らしが保証されるのだ。
 彼女はお別れする最後まで、堂々といきいきとしていた。キスは寂しさからではないと思った。「自慢の部屋へようこそ」という、前向きで積極的な心からなのだ。
 福祉でも何か、深いところで違う。それが何なのかを私は、とても知りたい。
 渡辺まどか(えひめ北欧から学ぶ会)
11月7日掲載文Top

7回目

福祉でも違う何か
 
 福祉でも深いところで違う何か。私はそれを知りたいのだ。アイスランドの首都レイキャビク市、ミズガルズル社会福祉センターに行った。ヒントを私はつかめるだろうか。
 この国は先進国にしては子どもが多い。女性が一生で生む子どもの数が、平均二.三人。日本は一.四三人。その理由には、子どもを育てやすい制度が整っていることがいわれる。例えばデイマザーという、普通の母親が資格を持ち他の子を預かる制度。他にも、いつでも子どもを児童の専門家が遊ばせてくれる制度などが普及し、利用されている。
 外国人でさえすぐに利用できるほど、制度は進んでいた。私は「子どもが今より小さいとき、こうだったら。」とつい、自分のことを思い返した。子どもが生まれても、これなら仕事も続けやすいだろう。これなら手のかかる赤ちゃんに二四時間追われないで、気晴らしもできる。世の中から自分だけ、取り残された気分で沈むことも、少ないだろうな。
 このセンターの地域は特に子どもが多く、児童福祉に重点があった。そして「連係した福祉」を試みていた。日本の役所だと、いくつかの部所にまたがる対応は難しい。でもここでは、機関が問題ごとに手を組み、対応する。機関とは地区の運営委員会・市の社会福祉課・教育センター・保育園・スポーツ施設など。最近は男女の警察官も駐在し、ティーンエイジャー関係などで協力している。試行錯誤の挑戦で、市としても、来年十二月までの実験だ。続けるかどうかはそのあと決まるが、若い職員たちの意欲が伝わってきた。
 なんとこんな資料も手渡された。センターに対して満足か不満足かの住民調査。住む人たちがセンターに対し、いい仕事をしてると思うか思わないかのデータだ。高い数字で満足という項目が多かったが不満足と出たところも、外国人の私にわざわざ見せる。更に、そのデータは一つ一つの家庭にも、ネットで知らされているのだ。
 新しい実験。事実を自分から知らせる姿勢。ここまでさせるものは、何なのだろう。
 説明書にこんなフレーズがあった。「センターの主な目的は、この地域の家族への社会サービスを促し、そしてここの住民の民主主義を創り出すことだ」
 ここまで書くか。福祉とは民主主義を創り出すこと、というのだろうか。
 あなたならどう思うだろう。福祉でも深いところで違う何かとは、ここなのだろうか。
渡辺まどか(えひめ北欧から学ぶ会)
11月14日掲載文Top

8回目

カワイイコ

 北欧へは、飛行機で成田からおよそ十時間。フィンランドに行く機内で、私の席から通路を隔てた右側に、白人の男性が座っていた。私が機内の他の日本人に名刺を渡していたのを、彼は見たのかも知れない。その後こちらへ来て、名刺を私にくれた。背の高い体を、海老のようにかがめている。小さな名刺を大きな両手で持ち「ハジメマシテ」。その姿に、私は笑いをこらえてしまった。日本人って、彼にはこう映るのかしら。
 フィンランドの木材貿易会社に勤める人だった。出張で、初めて日本に行ったという。その人がまず話してくれたのが、妻と二人の子ども、そして犬のこと。二週間ぶりに玄関を開けると、犬が飛んできて自分の顔をなめまくるだろうと言う。犬のしぐさを、舌を出したり目をむいたりして実演してくれた。私にも、彼の「うきうき」が伝染してくる。
 彼の子どもはまだ小さく、手がかかるそうだ。でも「実はもう少しで、妻にかわり僕が主に子どもの世話をする番だ。」そう聞いて、私は身を乗り出した。夫婦で約束したことで、妻は資格をとるために学校へ行くというのだ。彼はごく自然に、淡々と語った。
 う〜ん、いい感じ。そのため今の仕事をどうするかなど、具体的には聞いていない。でも北欧の国々では、小さい子を持つ家族をサポートするシステムは整っている。それらの制度も、彼の父親業をバックアップするのだろう。フィンランドでの例をあげよう。まず子どもが生まれたときの休暇は、休日を含まない二六三日間とれる。それは母親ではなく父親がとってもいいのだ。父親にはそれとは別に、母親が出産休暇やそのあとの育児休暇をとっている期間中、一〜三週の休暇をとる権利もある。給与は通常の七十%まで保証。その後も、保育園・職場の育児時短・個人的に保育士を頼む場合など、どれにも援助が充実している。その援助は、母親が働いていてもいなくても、受けられるのだ。 
 その彼に「日本で覚えた言葉は」と聞いてみた。簡単な挨拶のほかに出てきたのは、なんと「カワイイコ」。日本のビジネスマンから教わったという。それを聞き私は最初、ただ可笑しかった。でもだんだん、情けないような気持ちが湧いてきてしまったのだ。
 あ〜、我らが日本の男性よ。男性全てがそうじゃないけれど。それにもし自分がかわいいと言われたらうれしいけど、彼に教えた数少ない日本の言葉がいくら何でも、これ?
 私たちは、笑っていた。この気持ちに彼が気づいたかどうかは、さあわからないけど。
渡辺まどか(えひめ北欧から学ぶ会)

11月21日掲載分Top

9回目

フィンランドの響き

 フィンランドという響きから、皆さんは何を思い浮かべるだろう。高福祉や女性の社会進出、IT先進国。一方で、ムーミンとサンタクロース、森と湖のイメージを持つ方も多いだろう。シベリウスの曲が聞こえてくる方もいるかも知れない。ジャン・シベリウスは世界的な作曲家。そしてフィンランドの人々が、最も誇りに思う一人でもあるという。
 私はシベリウス公園に行った。芝生は広々と、穏やかな起伏をなしている。緑の木々とその影。湖畔には、読書する人。シベリウスの顔とパイプオルガンを思わせる、大きなステンレス製モニュメントがあった。私は湖の岸辺にいき、水面をしばらく眺めた。ぽちゃんぽちゃんという水の響き。目の奥が熱くなってきたのは、これが旅だからだろうか。
 フィンランドの歴史には特に、戦争と平和を考えさせられる。この国は、西側の隣がスウェーデン、東側の隣がロシア。一二世紀から一九世紀初めまでスウェーデン王国に組み入れられていた。ナポレオン戦争でスウェーデンはロシアに敗北し、一八〇九年フィンランドはロシア皇帝直属の土地となる。そしてこの国はついに一九一七年、世界に独立を認められたのだ。ロシア革命に乗じてのことだった。
 でもフィンランドはその後も二度、ソ連と交戦せざるをえなかった。ドイツ軍を国外に帰討する戦いも経験している。国土の東側のカレリア地方も、ソ連に手渡してしまった。
 スウェーデンに、そしてロシアに占拠され苦労してきたこの国。しかし人々は国土再建に勤め、今では世界最高レベルの生活大国になった。
 それを支える面で、シベリウスは大きな影響を人々に与えてきたという。弾圧の中、フィンランディアという曲は独立を願う人たちに支持され、演奏され続けた。曲の一部に歌詞もついたほどだ。響きは、大きなうねりとなり、ついに彼らは念願を果たしたのだ。
 私はテンペリアウキオ教会という、岩盤をくり抜いた教会にも行った。壁は、むき出しの岩壁。壁と天井の間は一八〇度のガラス窓。その自然の光でライトアップされながら、女性が歌っている。私は座り、耳を傾けた。岩壁の音響効果か、声は透明な響きだった。
 教会の片隅にろうそくがあった。私はその一つに火を灯し、燭台に取り付けながらつぶやいた。「恒久平和」。そして少し目を閉じた。響きを、体に受け取りながら。
渡辺まどか(えひめ北欧から学ぶ会)
11月28日掲載分Top

10回目

スマイルの違い

 フィンランドの人は、あいそ笑いが少ないと思う。北欧五カ国でも特に。良い悪いでなく文化の違い。高校時代から感じていたが、数カ月前にフィンランド映画を見てやっぱりと思った。主人公でも喜怒哀楽の表現が日本より少ない。私の勝手な観察だが、フィンランドスマイルは口の端を少し挙げるだけ。その違いが面白く、私はにやにやしてしまう。飛行機の客室乗務員までも、あまりニコニコしないことは、最初は意外だった。でもますます興味深く思った。この夏会ったフィンランド女性の客室乗務員も、そうだったのだ。
 ところが彼女の表情が、ぱっと明るく変わった。それは、彼女はフィンランド人だけれどスウェーデン語もできる、という話になったときだ。以来、横を通る度に微笑みながら私に話しかける。「知ってますか。フィンランドにもスウェーデン語を話す地域があるんですよ」「さっきの話ですが、私はそこの出身です。私の母国語はスウェーデン語です」
 違いを大切にする北欧だ。フィンランドの公用語は、フィンランド語とスウェーデン語の二つ。スウェーデン語を母国語とする人は、たった六%だけという。でもその六%を尊重し、街の主な標識・表示には、いつも2つの言葉が並んでいる。スウェーデン語で教える学校も、小学校から高校まである。スウェーデン語専門の劇場まで建っていると聞いたときには、私はため息が出た。同じく少数者である、先住民サーメの人々の自治権を守る法律も、整っているという。ここでは違いを認めあう方針だと、つくづく思わされた。
 首都ヘルシンキの一七歳男子高校生の作文を、抜粋だが紹介したい。『 私はヘルシンキのカピュラで、両親と一緒に暮らしています。私たちはいわゆる「スウェ一デン系フィンランド人」ですが、これは私たちがフィンランドに住むスウェーデン人ではなく、家でスウェーデン語とフィンランド語の両方を使うことを意味します。〜中略〜私はどんな事があっても自分の国籍を変えるつもりはありません。それは私がフィンランド人であり、なによりフィンランド人であることに誇りを持っているからです。』  この高校生から、この国から学べることは、何だろう。私たちはよく、日本古来・日本独自の、という言葉を使う。私は、それを探ること自体は大事なことだと思う。でも私たちは果して、違いを認めた上で、少数者を無視せず、その言葉を使っているだろうか。
 違いはまた、新鮮だ。楽しいのだ。スマイルの違いだって、わくわくできるのだから。
渡辺まどか(えひめ北欧から学ぶ会)
12月5日掲載分Top

11回目

高齢社会へのキー

 北欧は高福祉で知られる。フィンランドで垣間見た、高齢者福祉をお伝えしたい。
 首都ヘルシンキ市の高齢者福祉施設、カンピサービスセンターを訪問した。説明してくれた所長のマリアさんは、四〇歳くらいの女性。施設に入ってすぐ、広々としてる、と感じた。なんと、市の予算の三分の二は、福祉と教育関係だ。二階はケアハウスで、三三人が個室に住む。ケアには、昼間は市の職員二人が常駐する。食事(一回二八マルカ=五百円弱)と洗濯サービス以外は、無料。ここの特徴の一つは、豊富な行事やサークル活動だ。各教室は、開校時以外も九時から三時まで、自由に使用できる。何人かのおばあさんが、ゆったりと談笑しながら手芸を楽しんでいた。ここも材料費以外は全て、無料。
 デイサービスに来る人は、身障者タクシーを使う。このタクシーは民営だが、利用者は市の規定金額七マルカのみ負担ですむという。あとは全部、市で払ってくれるのだ。障害の程度によりタクシーカードの数が決まり、発行される。他に銀行、理容室、フットケアの民間業者があり、サウナやプールもある。市営図書館も中にあり、これは全市民が利用している。また保育所と一緒の建物で、保育園児や小学生とも頻繁に会えるそうだ。
 暖かく活気がある。パソコンの部屋では、おじいさんが孫と画面を覗き込んでいた。一番羨ましく思うのは、お金持ちだけでなく高齢者全てが、こんな場所を使えることだ。
 一つだけ、あれ、と思った。「苦情には、誰が対処するか」の質問に、所長のマリアさんは自分だと答えたのだ。フィンランドにはスウェーデンのような、福祉のオンブズマンシステムがないのだ。あとで彼女は、自治体にも苦情が行くので大丈夫、と補足した。でもオンブズマンがないと、彼女自身に対する苦情には、対処しにくいだろう。
 フィンランドは、日本の福祉関係者に人気の国の一つという。より水準が高いとされるスウェーデンに比べ手が届きそうと感じるのも、理由だそうだ。でも日本とはやはり比較にならない。それでも、高齢化にあえぐ国の私たちが近づくには、何がキーになるのか。
 北欧でも女性の社会進出が、高齢社会へのキーとされた。女性の労働力、労働による税金からの財源、女性の意見の反映だ。被選挙権も含めた女性参政権が、世界初で得られたのは、この国。それならこの国の「男女の今」を知れば、キーに近づけるかもしれない。
渡辺まどか(えひめ北欧から学ぶ会)
12月12日掲載分Top

12回目

フィンランドの男女

 フィンランドは今夏、寒かった。私は市川房枝記念会の、北欧ツアーに参加した。
 フィンランドは世界で最初に、被選挙権も含めた女性参政権が得られた国。一九〇六年のことだが、まだこの国は独立以前だった。フィンランド女性連合のマリア・ビリアネンさん、男女平等オンブズマンのピルコ・マキネンさんらとお会いできた。
 意外にもマリアさんは、この国でも男女平等は達成されていないと話した。20代の彼女は堂々と訴える。その後オンブズマンのピルコさんの話から、達成されていない具体的な様子がわかる。ピルコさんは、知的で優しそうな女性。正式な話の前、私たちはセルフサービスでコーヒーとクッキーを頂いた。そこでも彼女は、細かな質問に一つ一つ丁寧に答え、微笑んでくれる。男女平等オンブズマンは、国家公務員だ。誰もが無料で、質問や苦情をオンブズマンに提出できる。これは裁判に比べ、安い費用で問題解決できる手段でもある。うらやましい制度だ。苦情の内容は職場での差別、賃金格差などだが、最近は男性からの問題も約三〇%ある。ピルコさんは、現在の問題点を挙げてくれた。・女性の昇進には目に見えないガラスの天井があり、政治の場を除き役職につく女性が少ない(現職大統領は女性。女性閣僚は四〇%)・現在女性の賃金は約二〇%男性より少ない。・保育所整備・育児休暇は進んだが、女性の家事・育児時間が未だに長い・女性への暴力が後を絶たない(二年前の調査で女性の四〇%が、なんらかの暴力を受けたことがあると判明)
 先進地でも、問題はあったのだ。でも事実をあくまで伝える、その姿は爽快だ。彼女たちは、決して隠さずに話す。だからこそこの国は、いつも前進してきたのに違いない。
 日本では今、高齢者を介護している人の八五.一%が女性だという。私も身近で、慢性的な疲れや、やりくりの大変さ、高齢者の実態を聞く。でも福祉の最前線の貴重な声は、届いているといえるだろうか。日本の女性の声は、いったいどこに反映されているのか。
 女性の声の反映、女性の労働力、労働による税金からの財源。これらが北欧では、高齢社会へのキーとされた。女性の社会参加が、高齢者福祉を支えた大きな要因の一つだ。  日本に帰国後やり取りしたメールに、ピルコさんはこう書き添えていた。「交流を続けましょう。協力し経験を分かち合うことで、私たち女性は恩恵を受けるのです。」
 そして恩恵は、男性にも及ぶ。高齢者には女性も男性も、必ずいるのだから。

渡辺まどか(えひめ北欧から学ぶ会)

12月19日掲載分Top

13回目

オープンな北欧

 「何ごとにもオープン」北欧にそんなイメージを持つ人も、多いだろうか。
 北欧には、真面目だがオープンな人が多いと思う。聞けば開けっ広げに話してくれる。
 政治の世界でもオープンで、不透明なことが少ないようだ。トランスペアランシーインターナショナルというNPO(非営利団体)がある。そこの調べによると2000年、世界で汚職の少ない国ナンバーワンはフィンランド。他の北欧各国も、トップランクに位置している。情報公開が進むなど、透明度が高いからだ。
 北欧の人は、はだかにもオープンだと思う。いい悪いではないが、素直に驚くのだ。
 あるとき日本で、北欧の女性と温泉に入る予定ができた。結局それは実現しなかったが、彼女が温泉を楽しむため何に気をつけたらいいかと思った。だから別の北欧の女性に、アドバイスしてもらった。そこで忠告されたのが「隠すこと」。「日本の女性は、それとなく隠しながら入浴しますね。それを事前に、伝えてあげた方がいいです。」 スウェーデンの選挙ポスターにも男女のはだかがあった。更には、フィンランドの国会議事堂だ。議場の真正面に、はだか、はだか…。裸像の芸術作品には違いない。でも老若男女が何も、まとってない。聞けば、当初は裸像に疑問の声も出たという。でも大きな問題にならなかった。日本なら一部のフェミニスト団体から苦情が出る、と思うけれど。
 北欧は男女共生が進んでいる。なのに一方で、はだかに寛容。この違いはいったい何だろう。日本で目くじら立て過ぎるのかな。視野が狭いのかな。それを夫に話してみたのだが「北欧とは、女性のおかれてる立場が違うよ。日本では性がもっと商業化されてる。単純に、いえないよ。」正直鋭い、と思ってしまった。私はまだまだ、未熟だなあ。
 オープンといえばフィンランドの首都ヘルシンキの朝市。野菜や果物、魚やお土産を売っている。値段はついてるが交渉もできるのだ。おおらかで開かれた感じだ。だいたい品物は大ぶり。私は大きなサヤエンドウを買ってみた。人々は歩きながらさやを開き、中のグリンピースを生で、頬張るのだ。私も挑戦したら結構いけた。甘くて独特の味がした。ただちょっと未熟な青臭いにおい。あっ、でもそれってまるで、誰かのこと?
※火曜日の四季録について、感想・意見など下さい。madoka126hotmail.com
渡辺まどか(えひめ北欧から学ぶ会)

12月26日掲載分(13)Top

14回目

千年先の人たちに

 今から千年前、北欧で人々は、どんな暮らしだったのだろう。食べ物は何だったのか。この夏私は、フィンランドで「千年前の食事」を体験した。
 レストランでは、当時の格好の若い女性に迎え入れられた。お下げ髪に、看護婦さんのキャップに似たものを着けている。絣のような生地のブラウスとスカートに裸足だった。
 千年前の食事なんて初めて。食べる間に彼女は三度も「説明していいですか」と尋ねた。「当時は保存に塩を使いました」など両手を使い、目をくりくり輝かせて話す。
 ドーナツ型のライ麦パンがあった。それをお皿代わりにして、その上に塩漬けの子イワシなど載っている。にしんの薫製も運ばれてきた。テーブルには、木の実や野生の果物も並んでいる。はちみつを発酵させた、甘くて独特の味の飲み物もあった。
 物珍しさもあり、それなりに満足した。でも野生の果物はあくが強く子イワシは塩辛い。聞けば、この食事でも豊かな方だった。それにほぼ毎日、同じものを食べたそうだ。
 千年前は、バイキング時代。彼らが命をかけ船出したのは、ある本によると、寒くて食べ物が乏しかったのも一因。充分に、そう感じた。でも、その決して美味ではない食事を外国人にもすすめるのは、なぜだろう。しかも得意げに。もしかしたら彼らは千年前の人たちの経験を、メッセージと大切に思うからかも知れない。
 バイキングは世界中に漕ぎだした。南米にさえ、形跡が残るという。その精神を支えたのは、北欧の神々だ。北欧神話の一部を引用する。「兄弟同士が戦いあい、殺し合い、親戚同士が不義を犯す。人の世は血も涙もなきものとなり、姦淫は大手をふってまかり通り、鉾の時代、剣の時代が続き楯は裂かれ、風の時代、狼の時代が続いて、やがてこの世は没落するならん。(谷口幸男訳)」
 ここでは神々と巨人が戦う。やがて両方とも倒れ、この世は没落する。でもそこから、新世界が生れる。千年前バイキングはアメリカにたどり着いた。やはり約千年前、彼らは世界初の国会を、北欧で開いた。民主主義の源を、創り出したのだ。その彼らが更に、夢みた新世界。今の世界と重なるだろうか。いったい果されたのだろうか、千年前の夢は。
 耳をすませたい、千年前に。
 そして私たちが、届けたい思いは何だろう、千年先の人たちに。
渡辺まどか(えひめ北欧から学ぶ会)

01年1月1日掲載文(14)Top

15回目

ノルウェーの恋人たち

 ノルウェーといえば、ムンクの絵。そう思う人もいるかも知れない。ムンクは「叫び」で有名な、表現主義の画家。ノルウェー文化を代表する、芸術家の一人だ。その作品も展示される、国立美術館を訪れた。首都オスロにあるのだが、荘厳な造りの美術館に入ると、2階にムンクの部屋があった。人だかりがあったのが、やはり「叫び」だった。でも「叫び」は写真で見たせいか「ああ、これか」という印象。でも別のムンクの作品で、忘れ得ぬ絵と出会ったのだ。その絵の名前は「接吻」。
 私は青色が好きだ。特に青と緑の輝く色。宝石ラピスラズリの色、地球の色ともいえる。絵に惹かれたわけも、基調がその色ということが一因だろう。でも絵で鳥肌がたつなんて、私には初体験。男女が立ってキスしている。男女とも普通に服を着て、肌を出していない。なのに言い様がなくセクシーだ。想像をかき立てられた。男女の手前には窓がある。彼らは窓から見えない奥にいた。白いカーテンがそよぎ、そこには秘密の空気が漂う。絵は一九世紀末にかかれた。百年以上前のこの一場面は、世に許されぬ恋人たちか。
 ノルウェーといえば、フィヨルドだ。そう思う人もいるかも知れない。氷河期に形作られた、大自然の脅威、フィヨルド。険しく切り立った山々に、海がぎざぎざに入り込む。世界最長・最深のソグネフィヨルドを、船で私は行っていた。青緑の崖の間を、船は進んでいた。絶壁のあちこちで白く滝が、しぶいてる。空は曇っていて、灰色がかった青だった。その空を、海も青く映している。船はピーンと張った水面を、割って進む。
 私は甲板に出ていた。風は冷たかった。船は小さな船着き場に、何回となく泊まっていた。小箱のような家が数軒。フィヨルドのあちこちには、こんな集落がある。数人から数十人が今も住んでいるのだ。昔フィヨルドの教会は、適齢期の若者を組み合わせ結婚させた。勝手な恋愛は禁忌だった。全体の人が少なく、そうしないと血が濃くなる恐れが、あったためという。子孫のために皆、従った。でも惹かれあっても許されない、そんな若者たちは、いなかったろうか。のっぴきならない恋人たちは、どうしたのだろう。
 きっと、あったにちがいない。ここにも恋人たちの、お話が。世が世なら果たせたかも知れない、許されぬ恋人たちの思いが。
渡辺まどか(えひめ北欧から学ぶ会)

01年1月9日掲載分(15)Top

16回目

子どもと政治

 ノルウェーの首都はオスロ。2年半前、そこの国会議事堂を見学した。入るときに特別なチェックはない。北欧では、国会といえども敷き居が低いのだ。私は日本人の友人が話したことを思い出す。彼女はデンマーク旅行で、子どものためにトイレを町なかで探した。たまたま入った大きな建物で用を足させたが、何と、そこは国会議事堂だった。
 ノルウェー国会議事堂で応対してくれたのは、初老の紳士。優しく微笑み説明してくれた。国会議員の40%が女性で、さらに議長も女性だという。でも私がもっと、かき立てられたのは、その後だ。私は質問した。「子ども、例えば小学生は、国会を傍聴できますか」一緒に見学していた何人かの女性議員らからは「そんな無理よ。小学生なんて」
 ところがだ。彼は「よく聞いて下さいました。実は私がその担当者です」なおさらニコニコして彼は話す。ノルウェーでは、小学生から定期的に議会傍聴するそうだ。中学・高校でも教育のカリキュラムに入れられ、その経験を後の授業でも生かすという。
 他の北欧の国々でも、子どもが政治への関心を持つことが促されている。傍聴のみならず、スウェーデンの各学校では模擬選挙も行われる。驚いたことに、スウェーデンでは高校生の議員もいるのだ。彼らはベテラン議員の中でも、堂々と意見を述べるのだそうだ。
 私は一昨年、愛媛県議会を傍聴した。予定の日は偶然、息子の小学校が休み。運動会の振替休日だ。ラッキー。当時小学五年の息子は「僕も行く」。議事堂に着き受付で名前を書いたが、何だか職員の人がばたばたしてる。私はこう聞かれた。「この子の保護者の方は」「はい私ですが」「えっ」そのときの彼の顔を、誰が忘れよう(ごめんなさい!)。彼は再び電話に走り、相談している。やった。息子は県議会初の、子ども傍聴者らしい。
 傍聴のあと、息子は言った。「下の男の人たち、うるさかったね。人が話すときは、みんな静かに聞いてって言われてるのに。僕だって、静かにできるのに」議員のヤジは北欧の議会では、ほとんどないという。傍聴の市民や子どもを、政治家は意識するからだ。
 子どもと政治の関りには、注意が必要な点も多いだろう。でも子どもが自分で考える力を育み、おまけに議員の自覚も促す。そんなメリットの方が多いと、私は確信するのだ。
 それにしても、あんなに慌てさせて。どうかご勘弁、誠実・懸命な県職員の皆さん!

渡辺まどか(えひめ北欧から学ぶ会)

01年1月16日掲載分(16)Top

17回目

男のネットワーク

 ノルウェーの「男のネットワーク」の人たちは、魅力的だった。彼らはまずドアの前に立ち「どうぞ」と私たちを招き入れた。話の一つ一つにうなずき丁寧に答える。説明してくれたのは、国会議員で常に笑顔のヨンさんと、ジャーナリストのグレーテさん。「男にとっても男女平等が必要」と活動中だ。
 提案していることは、主に二つ。一つめは、父親の育児休暇についてだ。ノルウェーの父親の育児休暇はパパ・クォータと呼ばれる。クオータというのは割り当て制という意味だ。約一年間の有給(全額支給)育児休暇のうち、四週間は父親がとることになっている。子どもと時間を共有するため、その保証された父親育児休暇がもっと欲しい。男のネットワークはそう提案している。
 二つめ。離婚すると子どもの育児権がほとんどの場合、女親に渡ってしまうという。男も、もっと育児権を持ちたい人が増えている。自分の子どもと過ごす時間を増やしたい。育児権を持つにはどうしたらいいか。日頃から男性みなが積極的に男女共生の担い手になることが大切と、メンバーは考えている。つまり男だって子どもを立派に育てられるんだという実績を、男性みなが示す必要があるという。
 最後の彼らの言葉が、忘れられない。それは男性が他の男性に「男女平等は大事だ」と伝えることが必要ということ。女性には耳を貸さなくても、男性の話なら聞く男性は多いからだ。男女平等は決して女性だけの問題ではなく、男性が主人公のことがらでもある。
 男性の意識も変化してきたのだ。また変わらないと世の中から脱落する場合もあるようだ。実際ついていけず女性に見限られ、アルコールに走る男性が増えた時期もあった。
 そのためノルウェーには政府の「男の役割委員会」がある。男性自身が今までの「男らしさ」から抜け出ることは、世の中にも個人にも有益。その考えから、男の役割を再検討するものだ。スウェーデンにも同じような政府の委員会が、一九八〇年代からある。
 彼らはなぜ魅力的なのだろう。それは相手を尊重する姿勢が、行動でも徹底してるからだと感じた。私の子どもにも将来、パートナーと互いを尊重しつつ歩んでほしい。息子は、前向きな女性に置いていかれぬよう。娘は、現実的だが、男性を見抜く力を養って。
 でも娘よ覚悟してね。 あなたのお父さんほど素敵な人は、そうはいないと思うから。

渡辺まどか(えひめ北欧から学ぶ会)

01年1月23日掲載分(17)Top

18回目

北欧の子どもは幸せ?

 「北欧の子どもたちは、どう生活してるのか。男女平等の国で、幸せだろうか」あるとき私はこう聞かれた。日本的な感覚の私たちが、素直に持つ疑問だと思う。
 私が北欧で接した子どもはまだ少ない。でも例えば十二歳の男の子と話したとき、素朴だと感じた。英語がまだスラスラ出てこないが諦めず一所懸命、言いたいことを表現しようとした。他の子どもたちも、のびのびしてるなという印象。私は石塚真理さんというノルウェー生まれの研究者から、話を伺った。すると私の印象はやはり確かだと思った。ほぼ北欧全体にいえるそうだが、彼女はノルウェーの子どもは次の三点では文句なく幸せだと話した。(一)学閥や受験戦争がない。希望者は原則的に全員高校に入れる。背伸びせず子ども時代にしかできないことを楽しんでいるので、子どもが『子どもらしい』(二)子どもの生活環境を守る努力。例えばテレビや広告における暴力シーンの制限。ゴールデン・アワーに強姦シーンもない。(三)労働条件の相違。オスロの夕方のラッシュ・アワーは三時から五時にかけて。パパもママも四時から五時の間に帰宅し、家族の時間を過ごせる。有給休暇も五週間みっちりとる。パパとの豊かな生活を子どもは楽しんでいる。
 「北欧の子どもは不幸」という判断は、一つの枠の見方だろう。確かに北欧では離婚率が高く、約半数の子は非嫡出子だ。でも私たちは「両親がいて特に母親が世話する」を唯一の基準としていないか。それから外れた「片親の子」は可愛そう、と決めつけてないだろうか。石塚さんは「片親であることが社会的・経済的に不利にならないという北欧社会の特色も考慮すべきではないか」とも語る。もっとあるがままの北欧の子どもを見る視点が、私たちには必要なのだろう。
 石塚さんからのメールの抜粋をお伝えしたい。「日本の男女共同参画社会の支援策として、しばしば延長保育の充実が話題になるようです。ノルウェーでは、仕事相手の男性から『そろそろ子どもを保育園に迎えに行かねばならないので、この件はまた後日話をさせてもらえないか』と言われることが度々あり、目線の方向の違いを感じました。 」スウェーデンについても同様の話を聞いた。大人の長い労働時間に子どもの生活を合わせようとする目線の方向と、子どもを中心に社会生活を組み立てようとする目線の方向。あなた自身は、どうお感じになるだろうか。

渡辺まどか(えひめ北欧から学ぶ会)

1月30日掲載分(18)Top

19回目

自転車大国

 人魚姫の像、ロイヤルコペンハーゲンのお皿、おいしいハム、チボリ公園。デンマークというとき頭に描くものって、何だろう。知られてないのが「自転車大国」ではないか。
 デンマークのバスに乗っていると、自転車専用道路があることに気づく。日本でも他の国でも自転車道はあるじゃない、と思われるだろう。でもこの国では、どこまで行っても、専用道路を見た。聞けば、ほぼ国中に確保されているという。
 バスを降りるとき、何回も注意された。「良く見て!自転車が来てるから危ないよ」そう、デンマークの自転車は、びゅんびゅん飛ばしてる。若者だけではない。お年寄りとお見受けする女性も、初老の男性もだ。だいたい時速25キロだそうだ。その速さは、日本を知るある人が「カミカゼ」と言ったほど。ちょっと、たとえが古いと思うけど。
 デンマークの人は自転車に誇りを持ってる、とさえ感じる。日本に来たデンマークの友人が、あるときこう言った。「日本で歩道の横を自転車で走ると、車は大きく避ける。自転車だって一つの立派な車両なのだから、車は、かまわず横を通ればいいのに。」日本では自転車をふらふら漕ぐ人が多いので、車が怖がって避けるのは当然だろう。でもデンマークでは自転車に関する教育、マナーが行き
届いてるようだ。だから友人は、じれったく思うのかも知れない。では、その背景を説明しよう。デンマークでは通勤のために、約三割の人が自転車を利用しているという。町のあちこちに無料レンタル自転車置き場があり、自由に利用されている。これは、九五年からのスタートだ。車の値段が日本の約三倍することも、影響しているだろう。一人当り三台くらい、自転車を持ってるそうだ。
 ヘルシーで環境にいい自転車は、国策として重要視されている。でも、それだけではない。アンデルセンが育った都市オーフスは、EUの自転車政策の実験地と指定されている。自転車用の信号は何が安全か、子ども補助席は何がいいかなど市民が試すのだ。デンマークにも自転車協会があるが、積極的に政策に関り、政策は改善を続けているそうだ。
 その自転車協会が発表する「最も自転車の似合う人」に数年前、なんと首相が選ばれた。彼も自転車通勤していたのだ。首相まで、環境に優しいイメージで自転車がお似合い。ふ〜ん。それで日本の首相で想像してしまった。うう、この違いって、いったい…。

渡辺まどか(えひめ北欧から学ぶ会)

2001年2月6日掲載分(19)Top

20回目

女神と保育士さん

 デンマークの首都、コペンハーゲンは8月だった。港や噴水など、水辺が目に映える。 「ゲフィオンの泉」に行った。円周状に敷き詰められた石畳のまん中に、噴水がある。噴水の中には、四頭の猛進する牛と、牛を御する女神の像。北欧神話の一場面だ。「一夜に耕せた分だけスウェーデンの土地を授ける」と告げられたゲフィオン女神。彼女は自分の四人の息子を牛に変え、一心不乱に耕させ
る。噴水はリアルに工夫され、ばちゃばちゃと牛の像はしぶきを上げ迫ってくる。シュンシュンという水音に自然と聞き入る。とうとう彼女は、コペンハーゲンのあるシェラン島を手にした。女神の奮闘は、報われたのだ。
 保育園児と見られる子どもが、15人くらい来た。思わず「かわいい!」と声に出る。きゅっと微笑み、バイバイしてくれた。着ている服は、一人一人カラフル。急に広場が賑やいだ。でも更に私の目を引いたのが、お世話の保育士さん二人。両方ともが、男性だったのだ。年は二〇代と四〇代くらい。聞いた話では、北欧では男性の保育士さんに、兵役を拒否した結果なる人も多い。彼らも、そう
なのだろうか。
 走っていって、話しかけた。「こんにちは。日本から来たんですが、少しお話していいですか。保育の仕事は、自分から選んだのですか。それとも兵役を拒否したからですか」「僕は子どもが好きだから、自分から選んだんだよ」もう一人の男性も、ニコニコと聞いている。「日本では、男の保育士さんは珍しいのです。なぜ保育士になったのですか」「なぜって…。僕たちは、そう育てられてきたからね」「写真を撮って、いいですか」「いいよ。日本から来た人は、いつも僕たちを撮るよ。でも撮られるのは好きなんだ」
 そう育てられてきたからね、の言葉。彼らは、ごく自然に保育に関ってきたようだ。似たようなエピソードは北欧の都会でも田舎でもあった。また、この意識のとっぱらいは「男女」だけでなく「人種」「年代」でも感じた。実際、世界最年少の大臣はデンマークにいる。二七歳の女性の大臣だ。捕らわれぬ感覚には教育も、大きな影響を及ぼしてきただろう。教育を国が行う義務を、世界初で制度化したのも、一八一四年のこの国。北欧の教育も知りたい。「日本とかけ離れすぎてる」と無関心な人も、いるかも知れない。でも知ると「世界には、こんな素敵な世の中もあるのか」と、とてつもない刺激になるのだ。
 私たちへのヒントも見えてくる。北欧には、意欲が報われた、女神だっている。

渡辺まどか(えひめ北欧から学ぶ会)

二月六日掲載分(20)Top

21回目

世界一住みやすい街

 デンマークのファルム市を二年前、訪ねた。人口一万八千人の都市だ。最近ドイツの大手出版社が行った調査で「住みやすい都市世界一」に輝いた。教育・保育・福祉が充実し、失業者がゼロ。市民税率はデンマーク一低い。冬は高齢者が二週間、南欧の旅に招待される。他の自治体からはせん望の目で見られ実際、引っ越して来たい人も多いという。
 説明は、市の国際関係部スティン・ゲンスマンさんだ。彼は市庁舎、といっても平家建ての小ぢんまりした建物から現れた。「全く新しい発想で街づくりをしている」と彼は、強調していた。午前中だったのだが、なんとビールを時々口にしながら話してくれた。
 市が誇るのは「市民の要求に、ただちに応ずること」。高齢者住宅には、最長一ヶ月で入所できる。保育には、一四日以内で一〇〇%応じる。また失業者には、四八時間以内に仕事を確保する。例えば高齢者の食事を運ぶ仕事や除雪の仕事を、市が斡旋するのだ。
 そこの最新のナーシングホームに行った。痴呆、アルツハイマーなどで住居二四戸を一ブロックとして分け、四ブロックを運営している。中は明るく、廊下が広い。入居者のおばあさんが部屋に通してくれた。ちょうど娘さんが訪問中で、話に花が咲いている。座り心地のいいソファなど素敵な家具。天井には、寝室からバスルームへの走行リフトが、はめ込んであった。「子どもや親戚が、よく訪
問してくれる」と彼女はニコニコ話した。
 こんな試みは、なぜ可能なのだろう。市は、行政の管理部門を縮小させ徹底的に効率化している。また資金は、下水道など市の施設を売って得た。でも驚くのは、日本の視察団からの費用も大きな資金源、ということだ。ここには世界に誇れる下水道処理場があるため、環境関係の視察も多い。年間八千人もの日本人が、お金を落とすというのだ。更には、このやり方はソフトとして世界に売り出
す予定。「商人の国デンマーク」を感じる。
 国はこれらの試みを「先走っている」と見るそうだ。でも市が完全な自治権を持つので禁止できない。財源を伴う本当の地方分権だから、実験できるのだろう。地方分権は、任されることだと思う。ここは現場でビールを飲んでも咎められないほど、任されている。
 ただ、少し複雑な気持ちだ。私も含め日本の視察者が、重要な財源なんて…。大変だけど、お金を伴う地方分権を日本でもやって、北欧から視察団を呼ぼう!

渡辺まどか(えひめ北欧から学ぶ会)

二月二十日掲載分(21)Top

22回目

北欧のタイタニック

 今まで2回、北欧の大型客船に乗ることができたが、私にとっては印象深かった。
 うち一回はシリアラインという、度肝を抜かれる四万トンの大客船。フィンランドからスウェーデンへ乗った。船内は一三階建て、一二個のエレベーターがある。映画館、ゲームセンター、ショッピングセンター、美容室、プール、カラオケ…。買い物やカジノ目的の人も大勢いた。私はといえば免税店で家族へお土産を買うのが、せいぜいだったけど。
 船内での夕食は2回とも、いわゆるバイキング料理を食べた。バイキング料理とは日本でつけられた名前だが、この食べ放題ビュッフェ料理は北欧生れだ。特徴的なのは、一般の西洋料理の他に、海のものが多いこと。中でも食べごたえがあるのが、スモークサーモンと、にしんの薫製だろう。その他必ず出されているのは、にしんの酢漬け、多種類のハム、チーズなどだ。ケーキやパンも、とりど
り。ライ麦パンなどの黒いパンは種類が豊富で興味深い。ナッツ入り全粒粉パンなど噛むほどに味が出るので、私は大好きなのだ。
 その食事で流れてきたのが、なんと映画タイタニックの曲。ピアノの生演奏だ。きれいな歌だけど、わざわざ船の中で縁起でも…。と呟いていたら、2メートル真ん前で白人のカップルが特別ムードなのに気づいた。世界はまるで、二人のもの。私と一緒にいた女性議員らは「これ見よがしよねー」「それ、やっかみじゃない」「そうよ、やっかみよ」。曲はクライマックスになってきた。彼と彼女の顔が近づき…。目のやり場が他にない私たちは、揃って叫ぶ、あ〜!以来、これは少し情けない「思い出の曲」になった。
 北欧の男女は一般に、さまざまな試みをするようだ。共同生活したりシングルに戻ったり。異性と数回の同棲を繰り返し、将来のパートナーを見つけるケースが多いという。また離婚率は高い。では彼や彼女は、そもそも根っから「安定した家庭」を必要としないのか、と素朴に思った。でも、そうではないらしい。最近のいくつかの調査だと「幸福な家庭生活」は、若いスウェーデン女性の人生目標。ただ決して専業主婦を夢見るわけではないようだ。調査では「仕事と私生活のバランスの上での安定した家庭」が彼女たちの、今後3年の課題。やはり北欧でも日本でも、誰もが求めるのは「永遠の愛」なのだろうか。
 あのカップル。お騒がせだけど、タイタニックの曲のテーマも確かに「永遠の愛」ではあった。

渡辺まどか(えひめ北欧から学ぶ会)

2001年2月27日掲載分(22)Top

23回目

サンバと偏見

 スウェーデンの首都ストックホルムの、日ざしは柔らかい。「中央駅まで行ってみよう」と日本から一緒に来た女性と思いたった。ちょうど最高級のホテルSASの前。私は出てきた男性に尋ねた。年は三〇代だろうか。金髪を少しのばし後ろで束ねてる。「すみませんが中央駅へ行く地下鉄は、どこですか」すると気のよさそうな彼は「ちょうど車で用事があるから、乗せていくよ。怖がらないで。僕はこのホテルの従業員だ」一緒の女性も「お言葉に甘えようか」。一人じゃないし、日中で人も多い道。乗せてもらうことにした。スウェーデン車ボルボに入ると驚いた。ラテンの陽気なサンバのリズム、南米の民芸品。あれ、ここはスウェーデンだけど…。黒髪の女性の写真を指差し、彼は話した。「ブラジル人の妻だよ。今は帰省してるんだ」目を細めながら、南米の良さを語ってくれた。 
 北欧で、肌で感じることの一つが「偏見の少なさ」だ。以前、私はアメリカに住んでいた。残念だが、そこで頻繁に感じたのが黄色人種である私への偏見だ。一方、北欧では都会でも田舎でも、あの差別的な独特の表情を感じずに話せた。爽やかで、うれしかった。 
 教育も「偏見の少なさ」に影響が大きいだろう。「あなた自身の社会〜スウェーデンの中学教科書(川上邦夫訳・新評論)」を見てほしい。性についての欄を抜粋しよう。「異なった性を持つ相手だけを愛することをヘテロセクシャルという。同じ性の相手だけを愛することをホモセクシャルという。〜中略〜同性とも異性とも愛し合う人をバイセクシャルという。スウェーデンでは、これらの関係の全部が法律で認められている。もし、あなたが自分の性について悩みがあるときは以下に尋ねなさい」連絡先も書かれている。 
 世界中で人口の約七%もの人が、性的少数者といわれる。でも愛媛は、その人たちには非常に生きにくい場所のようだ。昨年、将来を悲観し自ら命を絶つ人が出たと、バイセクシャルの友人から聞いた。「北欧だったら」と思わずにはいられない。彼や彼女たちは、大多数の者に少ない貴重な視点や感覚も持っている。「ゲイの間で売れたら市場でも売れる」と気づき、新商品の決め手にする人も増えてるほどだ。子どもの頃から「色んな人がいて、いいんだ」と教えられること。それは世の中全体にとっても、不可欠ではないか。 北欧も完全じゃない。でも更にあの国々を知りたい。そうあなたも感じないだろうか。

渡辺まどか(えひめ北欧から学ぶ会)

2001年3月6日掲載分(23)Top

24回目

嫉妬にもチャレンジ

 スウェーデンの男女の状況が、一目で分かるもの。それは首都ストックホルムの空港のトイレではないか。日本も北欧も、男性トイレの前には男性マーク、女性トイレの前には女性マークがある。そして日本では「赤ちゃんのおむつ替えができますよ」のマークが、女性トイレに見られる。ところがスウェーデンの空港のトイレでは、そのマークがどちらにもあったのだ。つまり、男性トイレにも。こんな試みも、一つの出生率アップへのチャレンジかも知れない。実際この国の出生率は、最近また上昇しているのだ。
 もう一つのエピソード。昨秋、スウェーデン青年会議所(以下JC)会頭と、日本で話す機会に恵まれた。レナ・エリクソンという彼女は大柄な女性。人懐っこい真ん丸な目で、とびきりの笑顔を投げかける。一国のJC代表なら将来、財界のドンかも知れない。なのに、こんなキュートな女性…。JC世界大会にこれから出席するという彼女は「あら、全世界JCのトップだって、女性よ」。日本のJCでは、どうなんだろう。また愛媛や松山のJCでは?「何ごとも、チャレンジが大切」彼女のこの言葉が心に残る。
 さて、スウェーデンの男女の状況に挑んできた、NPO(非営利団体)を訪ねた。一八八四年に生れた、この国最古の女性団体フレデリカ・ブレーメル協会だ。説明はアン・ファンキンゲルさん。足が長く、美しい女性。協会の活動は、夫や恋人の暴力から逃れるシェルターを作ることから始まった。協会は男女平等への試みを、積み重ねてきた。
 今ここで力を入れているのが、なんと女性の嫉妬への対策。地位を築いた女性に対し、女性が冷たく接することが、よくある。例えばこんな言葉「あの女性は、外に出てるから家事や育児が不十分だ」。私たちは「自分も言われたことがある人、手を挙げて下さい」と促された。日本からの女性議員らはほぼ全員、手を挙げた。嫉妬が女性の地位を邪魔している。嫉妬は、恐ろしい。でも嫉妬は聖書にもあり、人類始まって以来のテーマだろう。この根元的な問題にさえ、彼女たちはチャレンジしていくのだろうか。
 対策は、立場の違う女性同志が話すこと、とアンさんは言った。小さなグループを作り話す。そして地位を獲得した女性を加えて話し合うと、双方が新たな発見をするという。
 それで解決するのか、わからない。でも彼女の話は私の琴線にも、確かに触れた。 
渡辺まどか(えひめ北欧から学ぶ会)

2001年3月13日掲載分(24)Top

25回目

笑う兵隊

 頭に大きな冠りものをした兵隊さんといえば、ロンドンが有名。でもスウェーデンにも似たような近衛兵がいる。石畳の王宮前に整列した兵隊さん。彼らの冠りものは、金銀のクラシカルなヘルメット。制服は、ロイヤルブルー。銃を持ってはいるが、ノーブルな感じで恐くない。ちょうど近衛兵の交代時間で、観光客が集まってくる。そこに黒い中型犬を連れた見物人がやってきた。犬は最初、兵隊たちに向って低い声でうなっていた。それが兵隊が掛け声を上げると、吠え始めたのだ。ライバルと思うのか、掛け声一つ一つに対抗し、吠える。兵隊が、ザッザッと前進する。掛け声「ほう!」「ワンワン」、「ほう!ほう!」「ワワワンワン」。私たちはクスクス笑っていたが、なんと兵隊のお兄ちゃん数人も、吹き出し始めた。笑いを押さえるに押さえられず、顔が引きつっている。私はそれを見て、身をよじって笑って、背中が痛くなった。兵役は厳しいだろうけど、スウェーデンは約一九〇年も戦争がない平和な国。それで兵隊も、のどかなのかしら。
 この国が長く戦争をしてこなかったメリットは、今の高福祉にも大きく影響しているという。つまり道路、住宅から下水や公共施設が、平和のおかげで高水準で出来上がっているのだ。はては国民八〇%以上が入れる、核シェルターまである。また長期の平和は、国民に何よりも安心感をもたらした。その結果、若いときの高い税金も老後の福祉で取り戻せる、との手応えを、国民が持ったのだ。「平和にまさる福祉なし、戦争にまさる環境破壊なし」。この言葉の意味を、スウェーデンで納得することができた。
 ただスウェーデンは武器輸出もしている。驚かれるだろうか。この国は中立政策で知られる。中立の信頼性のため、兵器を国内生産してきた。外国兵器に頼れば、戦時に中立を貫くのが困難だからだ。その経済が成り立つには量産する必要があり、小国だから自国で使う分以外は輸出したのだ。輸出額は世界16位。平和国家のジレンマだ。でもいつも試みを重ねてきた、この国。武器輸出も何とかならないのか。幸いこれについても情報公開され、議論も比較的自由だそうだ。情報公開の国スウェーデンを、私は見つめ続けたい。
 王を守る兵隊からさえ平和を感じる国は、そう無いと思う。でも平和は簡単でないと、痛感してばかり。けれどもっと知りたい。そしてあなたとも、知って、感じていきたい。

渡辺まどか(えひめ北欧から学ぶ会)

2001年3月20日掲載分(25)Top

26回目(最終回)

私たち自身の社会

 未熟者の私が感じた北欧の「!」や「?」を半年間、皆さんに手渡してきた。どうだったろう?今おそるおそる、でもわくわくしながら、あなたが何を感じたかお尋ねしたい!
 なぜ北欧に興味を持ったのか聞かれることがある。高校時代、私はアメリカに留学した。八〇年代のことだ。そこでお昼を一緒していた友人に、インドシナ難民の人も多かった。カンボジアやベトナム、ラオスから、命からがら逃げてきた若者。もと難民の彼や彼女は、ランチを食べながら淡々と語る。「母は目の前で殺されたの」「僕はアメリカへ逃げてきた。でも宿題も英語に何時間もかかり、アルバイトもあり毎日5時間も眠れない」私は一六歳だったけど、自分に何ができるのか、わからなかった。
 日本に帰国後、私は自分だけのうのうと安泰な生活をしていると感じていた。それで大学入学後、日本に来たインドシナ難民の方たちとのボランテイア活動をした。でも日本での彼らの生活はアメリカで会った人たちの生活よりも、ずっと厳しいものだった。
 その後私は、北欧の難民受け入れ状況を調べ驚いた。受け入れる数は桁違い。質も日本と比にならない。例えばスウェーデンではスウェーデン語を教えるのとは別に、母国の言葉も教えていた。つまりベトナムから来た難民には、ベトナム語も忘れないようにと教師までつけるのだ。ここまで難民に優しいわけは、人権意識からだけでなく経済的背景もあるからと、後で知った。でも私の北欧への興味は、そこから始まったのだ。
 北欧と日本で一番違うのは「世の中を自分たちが創っている」という実感じゃないかと今思う。北欧の人と話すと「政治に関心が高く知識もあるなあ」と感じることが多い。一方、日本では「私らが考えても、どうにもならないよ」とよく言われる。「私たち自身の社会」なんだと、日本でも皆が感じられるようになれば…。この違いは、政治の仕組みが違うこととも大きな関係があると思う。例えば汚職を防ぐチェックシステムが、北欧では整っている。私は、もっと北欧の政治の仕組みを学んでいこう。
 最後にスウェーデンの中学教科書「あなた自身の社会」の、この言葉を届けたい。「私たちには、自分で思っているより力がある」。お目出たいと思うかも知れない。でも一人一人堂々と胸張ることから「私たち自身の社会」は始められる。そう私は、信じている。

渡辺まどか(えひめ北欧から学ぶ会)

2001年3月27日掲載分(26)Top

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