ケアネット21の内容と年表
ケアネット21は5年前から活動している松前町の医療・保健・福祉の連携機関です。基本的には毎月一回集まって〔30〜60名〕います。誰でも参加できますのでどうぞ、どうぞ! それでは第49回の内容について報告します。
ケアネット21-第49回の内容
以下の年表は松前町福祉課の友田さんが制作し、松前病院の盛次がコメントをつけ、さらに福祉課課長補佐の栗田さんがプレゼンで肉付けを行い、松前町社協の矢田さんがHTML化し、社協のHPに載せたものを更に盛次が加筆したものです。ケアネット21の流れを知っていただく事で連携の構築と全体的な流れの形成などを分かっていただければ幸いです。なお、各回のケアネット21の報告は社協のHPに詳しい。
平成12年2月17日(木) 松前町総合福祉センター2階 集会室 19:00〜
幹事 松前町福祉課
| 「ケアネットワーク21のあゆみとこれから」 |
今回は、町福祉課が幹事を務め、新町長、白石勝也さんもお迎えし、これまでのケアーネットのあゆみを振り替えって、その後座談会形式で今後の展望等も話し合いました。
愛媛県の中で、保健・福祉関連対策において(他の分野も?)箸にも棒にもかからないと言われていた松前町ですが(モデル事業があっても決して県から声がかからない)やっとここまで恰好がついてきました。すべては関係者や町民の活動の成果です。今回は今までの経過を総括してみました。これを見れば、そしてやり方さえ分かれば、福祉が遅れていると言われているどんな市町村でも見通しがつきます。やる気になれば松前町ぐらいは軽く追い越せます。
ケアネットワーク21のあゆみとこれから (年表)
| 年月日 | ケアネットワーク21 | 松前町 | 総人口 | 65歳以上 | 高齢化率 | ヘルパー数 |
| 昭和35年5月16日 | 連携の必要性は乏しかった | 保護施設伊予郡養老院(現:和楽園)発足 | 各年4月1日現在 | |||
| 昭和49年4月 | ホームヘルプサービス開始(社会福祉協議会委託)(老人家庭奉仕員制度) | |||||
| 昭和51年 | 敬老会の開催 | 8.3% | ||||
| 昭和63年11月1日 | 松前町高齢者サービス調整チーム設置運営要綱策定 | S63年 2人 | ||||
| 平成元年12月 | 高齢者保健福祉推進十か年戦略(通称ゴールドプラン)策定 | 29,474 | 3,735 | 12.7% | ||
| 平成2年6月 | 老人福祉法等社会福祉関係8法改正 | 29,698 | 3,904 | 13.1% | H3年 4人 | |
| 平成5年4月 | 高齢者福祉係の新設 | 30,064 | 4,417 | 14.7% | H4年 7人 | |
| 平成6年1月 | 松前町老人保健福祉計画策定 | H6年 12人 | ||||
この頃までの松前町は高齢化率が高くないこともあって高齢者対策には熱心ではなかった。
福祉も保健も補助金の出る事業を消化するだけだった。松前町高齢者サービス調整チームも設置されただけで平成4年までに開かれた会議は2、3回だけだった。ゴールドプランという国からの号令で松前町老人保健福祉計画が策定されたが、民生委員へ委託した調査と業者への外注で町のプランとしていた。情けないことだが事実であるし、全国的にはこのような例がほとんどであったと思う。老人福祉法等社会福祉関係8法改正では地域のことは地域でというように市町村に特養への入所などの措置権が移ってきた。しかし実態は判定会議を開くことは無く文書を判定委員に回し、印鑑をもらうだけだった。平成5年に福祉課に高齢者福祉係が新設されたが、ショートステイとかデイサービスの意味さえも理解していなかった。
また、お医者さんと話すこと、特にヘルパーさんが直接お医者さんに話すなどはとても畏れ多いことと考えられていたし、新たに高齢者福祉係_なった栗田さんはどうしようかと思案をあぐねていた。そこへ飛び込んだのが松前病院に勤務していた盛次だ。きっかけは松前町の庁舎内での連携を呼びかける栗田さんが作成した一枚の文書。保健センターでたまたま目にして、「誰が作ったの?」「福祉課の栗田さん」、それで尋ねていったわけだ。遊び心しかない盛次と生真面目な栗田さんで組織作りが始まった。助っ人が必要だったので福祉学部のある聖カタリナ大学の学生から元気のよさそうな教官を聞き出し、当時助教授だった永和良之助先生に手紙を書いた。予想通り協力が得られた。栗田さんは初めて永和先生と会った喫茶店でこのように言っている。「役場を離れてでも、やりたい。」この言葉にうたれた。ちょうど平成7年には特養の鶴寿荘、老健の菜の花が開所予定であり、今を逃してはいけないという情勢判断があった。はじめのうちがやる気があるときであり、その時を逃せば経営側の気に入る職員にしかならないという読みがあった。それではいけない。利用者である高齢者に利益をもたらすものでなくてはいけないと…。
一方、伊予医師会でも在宅医療研究会(平成8年度に高齢者対策研究会に名称を改める)が平成6年度から開始された。在宅医療に関心を持つ医師を中心に熱心に討議され、連携が培われてきている。
医師会で高齢者対策研究会ができたこと、社協のヘルパーが意義のある仕事をしていたこと、福祉課の栗田さんが積極的にコーディネートしたことによりケアネット21が成立した。(平成7年4月から)
福祉の進んでいる市町村では首長が中心になっているところ(保健と医療中心)や大きな施設が中心のところ(一施設完結型、連携は乏しい)が多いが、松前町は医療・福祉・保健の連携を根本においた現場中心型で構成された。
| 年月日 | ケアネットワーク21 | 松前町 | 総人口 | 65歳以上 | 高齢化率 | ヘルパー数 |
| 平成7年4月20日 | 第1回 保健・医療・福祉連絡会(仮称)開催 | 30,576 | 4,858 | 15.9% | H7年 19人 | |
| 平成7年5月 | 特別養護老人ホーム「鶴寿荘」開設 | |||||
| 松前町在宅介護支援センター「鶴寿荘」・「菜の花」開設 | ||||||
| 平成7年5月18日 | 第2回 保健・医療・福祉連絡会開催(新ゴールドプランの分析等) | |||||
| 平成7年6月22日 | 第3回 保健・医療・福祉連絡会開催(ケアネットワーク21に名称決定) | |||||
| 平成7年8月31日 | 第5回 ケアネットワーク21開催(症例検討等開始) | |||||
| 第6回〜第10回 各機関のビデオによる事業の紹介 |
いよいよケアネット21(名称はみんなで決めた)が始まった。どんな会でもそうだが、運営していくには当然力量が必要。そのための一番のポイントは何か?自分でも楽しくなるような会にする事である。宴会でもそうだが、またやろうよという気にさせることだ。そしてリーダーの役割。第一にその会での獲得目標をはっきりさせておく事、そのためには聴衆分析をきっちり行っておく事である。経験豊富な人やセンスがある人はいいけれど、自身の無い人は社会学をしっかり勉強しておいた方がためになる。リーダーの人格や面白さの方が主張する内容よりも重要だからである。その点、割と明るい人間が寄り集まっていた。現在の伊予医師会町の田代先生も独特なキャラクターを発揮していただいた。
第一回、二回は永和先生の協力を得て、基本的なことのお勉強会。何となく一線級のことを知って、これから私達もがんばらなくっちゃーという感じになる。われわれのエネルギーの元は松前町は本当に遅れている、町の理事者に期待しても難しいだろうから、自分たちで何とかしたいという熱意があったことだ。
その後は、福祉課、保健センター、社協、鶴寿荘、菜の花、松前病院等で各々の機関の紹介をした。理屈をこねるよりは連携を目指そうと言う事で顔見知りになることや、個々のケースでの意見交換を重視した。なぜなら、当時は特にヘルパーさんに言えることだけど、大変なケースを抱えて途方に暮れていたから。全体的な事を見るのはとてもとてもという状況だった。当初は各機関で困っていることをあげ、どのように協力するのかを模索した。症例検討も実施した。懇親のためにビヤガーデン、忘年会も企画した。
その結果、在宅にかかわる医師やそこから紹介された医師と直接ヘルパーさんたちが電話でも話せるようになった。気軽さはいいものだが、医師にとっては外来診察中に電話がかかってきて中断されることもある。「入浴サービスできたけども血圧が200ある。入浴は控えた方がいいか?」など。「入浴後、再度測れば下がっているよ、血圧なんか測らなくてもいつもと様子が違ってるというヘルパーさんの勘のほうが確かだよ…」 医療を味方につけたヘルパーは確かに更に強くなっていった気がする。
組織的には若手の育成、時代のリーダー育成のために各機関が順にケアネット21の幹事をすることになった。個々で責任を持って率いていかなくては伸びないし、他人任せにしてはいけない。ロートルもきっちりとフォローして行くことが必要だ。目標を持った新しい組織は最初から次代のリーダー適格者を育成しなければなりません。しかし、若手にとっては自分たちで好きにやらせてくれよという不満が当然出て来ることが予想されたし、現にそうなった。ここを適切に乗り越える事が次の課題となる。
| 年月日 | ケアネットワーク21 | 松前町 | 総人口 | 65歳以上 | 高齢化率 | ヘルパー数 |
| 平成7年9月 | 老人保健施設「菜の花」開設 | |||||
| 平成8年8月8日 | 第14回〜第16回 地域福祉フォーラムの準備・検討・反省 | 松前町サービス調整チーム設置運営要綱改正(ケアネットワーク21の位置付現在の形になる) | 30,846 | 5,060 | 16.4% | H8年 23人 |
| 平成8年10月19日 | 第1回 地域福祉フォーラム 開催 | |||||
この頃、歯科の升田先生にも参加してもらうようになった。升田先生との出会いは盛次の近所の歯科医から紹介してもらった。「誰か、在宅歯科をされる先生は?」「升田先生が阪神大震災のボランティアにも行かれていたし…。」やったー。たちまち在宅歯科との連携が進む。ヘルパーさんも訪問先で口の中を見るようになった。医師からの紹介よりも現場のヘルパーさんからの紹介が増えた。
升田先生からは阪神大震災での経験を教わった。歯科の数多くのボランティアの中での経験だ。立派な大型車両を持ち込んでの検診・診療は繁盛しない、入れ歯が無くなっても精神的に打ちひしがれてそれどころではない被災者たち、気分的に落ち込んでいて、自分から歯科受診する気力すらない。待っている歯科診療から、出張っていく歯科診療、入り込んでいるボランティアとの連携など阪神大震災で学んだと言う。我々も待っている福祉から出張っていく福祉を改めて認識させれた(お節介は駄目よ)。とにかく強力な助っ人になってくれた。その後、伊予医師会と伊予歯科医師会との交流、『口から食べたい』の共催(今年で4回目、摂食・嚥下障害に挑む)と医師会との連携も進んだ。(愛媛県では摂食・嚥下障害へのケアは松前町がメッカとなった)。
平成8年8月8日には松前町サービス調整チーム設置運営要綱改正が栗田さんの尽力で行われ、何をしているのか分からないケアネット21は一応の形となった。これは行政マンとしての独特の感覚である。町職員が参加している集まりに何らかの形を与えておかないとどこからか必ず文句が出る、文句をいう人がいる限りは対策を打っておく、古いしきたりの中で新しい事をするためにはとっても大事な布石だ。決しておろそかには出来ない作業だ。これによって全くの任意団体だったケアネット21は、形式は町の要綱にのっとった公的団体、実質的な中身は自由な民間団体というような位置付けとなった。そしてわずかばかりの予算(年間数万円)がついた。
運営要綱では3つの会議の開催が決められた。一つはケース検討、措置の実施の可否を検討するケア会議(毎週)、そして毎月のケアネット21、最後が代表者会議だ。全二者は現在まで良好に運営されているが、問題は代表者会議だ。助役を会長として、各機関の責任者クラスの会だが一度開催されただけだ。残念ながら思想に乏しかった。今後の改善が期待される。
同時平行してイベントの企画。イベントを成功させることはみんなの自信につながる。加えて、町全体への高齢者対策の重要性を啓発する事が獲得目標。
新潟県のゆきぐに大和総合病院の斎藤先生を呼んで講演。町長・助役、医師会、歯科医師会、各保健・福祉機関、町民を中心に600余名。議会の委員会でも高齢者対策の充実が声に出るようになった。町民にも意識化が進む。
このイベントをめぐって予測どおり、若手からの反発が出た。支援センターの事業であるから、おじさん達、黙っていて! 私達のやりたいようにしたい。当然の事だ。仕事を始めて1年ほど、最初は先輩の言うことを聞いていたのがそろそろ自我が表われる頃。我々経験者(実は失敗を繰り返してきた人々)から見れば、子供のワガママだったが、若手が伸びるときと認識していた。やがては分かってくれると。若手が更に現場を経験し、自分の身体で感じてきて共通基盤を形成するまでに1年を要した。
| 年月日 | ケアネットワーク21 | 松前町 | 総人口 | 65歳以上 | 高齢化率 | ヘルパー数 |
| 平成9年2月12日 | 山田・マチコ・アルホ氏の講演「北欧の福祉について」(第19回) | やはり、高齢者対策では北欧は切り離せない。世界レベルで松前町を見よう。 | ||||
| 平成9年3月27日 | 徳永栄一氏の講演「バリアフリーについて考える」(第20回) | 住宅は危険!住宅改造をするなら質の高いものを! | 30,886 | 5,267 | 17.1% | H9年 34人 |
| (男性ヘルパーの採用) | ||||||
| 第21回〜第26回 各機関における現状と課題 | ||||||
北欧は高齢者対策の先進国。盛次、栗田で北欧研修に自費参加した。そのまとめはすでにHP上に公開してある。フィンランド在住の山田さんに講演してもらったり、盛次、栗田で北欧の報告をしたり、松前町という小さな町しか見えない我々にとっては高齢者対策を世界レベルで考える良い機会となった。
一級建築士で、自身障害児を持つ親としての徳永栄一氏の講演は住宅を考える上でとても有益だった。年間一万人ほどが自宅の家屋構造に起因した事故で亡くなっている。確かに日本の住宅は介護をするには不向きだ。入浴一つとってもヘルパーさんは大変。松前町の住宅改造、町営住宅に高齢者対応が必要と考えた。
ケアネット21の中だるみを防ぐために、各機関の在宅関連での進歩と問題点の確認。質の高いケアを追い求めると、そろそろ経営側との摩擦が出てくる頃。各機関の長が哲学を持ち、本当に住民の福祉を増進させようとしているなら摩擦は起こらないが、そうでないとがんばる職員は職場で他の職員から浮いてくる。辞めていくか辞めさせられるかになってしまう。さらに高齢者対策を充実させていくにはケアネット21で支えなければならない。
| 年月日 | ケアネットワーク21 | 松前町 | 総人口 | 65歳以上 | 高齢化率 | ヘルパー数 |
| 平成9年10月 | 第2回 地域福祉フォーラム 開催 | |||||
| 平成9年12月 | 松前町高齢者の入浴実態調査報告 | |||||
| 平成10年4月1日 | 介護保険係の新設 | 30,982 | 5,494 | 17.7% | H10年 44人 | |
| 高瀬内科デイケア開設 | ||||||
| 平成10年5月1日 | 兵頭クリニックデイケア開設 | 痴呆デイケアが開設された。中等度以上の人たちへ、軽度の人たちへ。 | ||||
| 平成10年5月28日 | 北欧視察研修報告・介護保険に伴う老人実態調査について(第31回) | 松前町の高齢者実態調査を自分たちの手で実りあるものに。勉強会も何度か持った。 | ||||
| 平成10年6月 | 介護保険に伴う老人実態調査実施 | |||||
| 平成10年7月 | 老人訪問看護ステーション「菜の花」開設 | |||||
| 平成10年8月 | 大きなデイケアと小さなデイケア(第33回) | |||||
| 平成10年9月17日 | 在宅ケア研究会への参加(第34回) | |||||
第2回地域福祉フォーラムが開催された。若手により介護劇などが演じられた。その後、支援センターは更に地域に浸透していくことになる。まったく情報をつかんでいなかった高齢者が悲惨な状況で病院に連れて来られた時などは関係者が恥じ入るほどになってくる。それだけ地域に愛着と情が形成されてきた。
いったい在宅の障害を持つ高齢者がどれほど入浴を希望しているのかという調査も実施した。簡単に言うと、家族は遠慮があるためか、現状(週に2回ほど)で満足している人が多かったが当人は週に3回以上を希望している事が分かった。気持ち良く入浴していただこうということでますますヘルパーさん達はがんばった。
痴呆対策のデイケアがオープンした。高瀬内科のデイケアはスタッフを先進地に派遣し訓練を積み重ねて実施された。本当に痴呆高齢者の二次障害が改善していった。
介護保険についての研究も盛んに実施した。介護保険事業計画の基礎となる老人実態調査も自分たちで案を練った。統計処理上独自の項目はいけないなどと県から文句をつけられながらもきちんと実施した。以前の松前町のように、あるいは他の市町村のように丸ごと民生委員に委託するなどは決してしなかった。
老人訪問看護ステーション「菜の花」開設。質の高い、情の厚い訪問看護ステーションができた。昼夜、祝祭日を問わず飛んできてくれるので在宅医療を進めるには最良の仲間だ。質と言えば、第33回の「大きなデイケアと小さなデイケア」も質の高い発表だった。民間託老所を経営する中矢さんの小さなデイケアでの実践と大きなデイケアである伊予ヶ丘のデイケアの発表はケアの質の高さ、豊かな工夫で何も遠くまで行かなくても身近なところで立派な実践があるという事に気づかされた。
伊予医師会では在宅ケアの質の向上のために実践の発表形式で伊予地区在宅ケア研究会を開催した(その後、毎年)。ケアネット21の代表が田代先生の伊予医師会長就任とともに盛次に移る。
| 年月日 | ケアネットワーク21 | 松前町 | 総人口 | 65歳以上 | 高齢化率 | ヘルパー数 |
| 平成10年10月22日 | 介護保険モデル事業について | |||||
| 平成10年10月 | 介護保険モデル事業実施 | |||||
| 平成11年2月18日 | ケアアセスメント実習講習会・医療技術短大教授 宮内キヨ子先生(第39回) | |||||
| 平成11年4月15日 | 県介護保険室係長 井上 正氏講演「介護保険について」(第41回) | 松前町在宅介護支援センター「みどり」開設 | 30,935 | 5,720 | 18.5% | H11年 49人 |
| 平成11年6月6日 | 瀬戸町グループホーム見学(第42回) | 身体障害の対策から、見落とされていた痴呆対策に関心が寄せられるようになってきた。 | ||||
| 平成11年7月3日 | 第3回 地域福祉フォーラム 開催 | |||||
| 平成11年7月22日 | 愛媛大学医学部・池田 学氏講演「痴呆の正しい知識とケアについて」(第43回) | |||||
| 平成11年9月16日 | 砥部動物園山崎 泰氏の講演「動物的人間について」(第45回) | |||||
| 平成11年10月1日 | 介護保険室の新設 | |||||
| 平成12年 | 松前町総合福祉センター開設 | |||||
| 31,124 | 5,848 | 18.8% | H12.1月 49人 | |||
| 現在に至る | ||||||
介護保険に向けたツールの使い方、アセスメントの仕方を実習した。講師は愛媛県でケアマネ講習を司る講師陣。福祉課が呼んできた。他の市町村でこれだけの実習をしたところは無いだろう。
それと痴呆ケアについての学習。とかく身体障害への介助に目が奪われがちで、痴呆の人への介助と言えば家事援助が中心だったことにメスが入る。さまざまな痴呆の人に対してどういうケアがよいか、質の向上が急がれた。中山町では要介護高齢者の半数が痴呆という。痴呆対策が今後とても重要となってくる。
松前町総合福祉センターが開設された。デイサービスや給食サービスが始まるが、元気高齢者対策も大切。今後の運用が期待されるが、社協が運営主体となるので安心。8名のヘルパーが高齢者デイサービス部門へ移籍し対応することになる。その分新たに採用しヘルパー数は49名となった。北欧なら松前町の人口からするとヘルパー数は200名ほどだからまだ程遠い。
今後の獲得目標 現在の住宅では介護が大変→高齢者住宅の建設 痴呆対策 移動対策
白石新町長を交えての、今後の松前町の福祉を考える質疑応答も熱心に展開されました。なぜよりによって松前町の町長になろうと思ったかに始まり、町村合併や統合教育、道が悪いなどさまざまな意見交換がなされた。
最終的に高齢者対策では上記の事を要望し、その他下記の要望事項をあげた。
松前町理事者への要望事項
| 情報公開について | 松前町の活性化、優秀な人材の発掘、町民重視の町政のためには情報公開は必須。予算や補助金の仕組みとか外注単価とかを公開することは効率化につながるし、今後は双方向性の情報公開と住民参加を求めたい。 |
| 人材育成について | 若手の育成、優秀なコーディネーターの育成のための意義ある研修の実現、特に海外への研修を住民も含めて実施する。退職前の職員のありがとう海外研修を止める。 |
| 住民団体の育成について | 今後は住民参加の時代。町内会などの既存の組織ではなく、意識ある住民の活力を登用するためにデンマーク方式のワーキンググループを作る。コーディネーターは重要な役割を果たすので育成をする。 |
| 町としての意思決定について | 町としてのはっきりとした意思・哲学を形成し、代表者会議等を通じて施設長レベルに伝え、トップダウン、ダウントップの連携を作る。現場職員が思い切り働ける土壌を作る。 |
以上の実現にケアネット21は全面的に協力する。