障害者の自立

 最近施設や在宅から出て、一人暮しを始めた身体障害者が多い。このページはその紹介だ。

 愛媛県では比較的介護事情のいい松山市などの都市に移る例が殆どだ。松山市では99年度より最大一日20時間の自薦・他薦ヘルパーの派遣を開始した。たいがい生活保護で生計を立てている人が殆どなので生活保護の他人介護加算の4時間を加えると24時間介護体制が整った。つまり、一人の重度障害者が3人の介護者を雇用する事ができることになり、まさに北欧並の条件だ。

 日本の高齢者対策や障害者対策は幾分改善されたもののやはり貧しい。一度でも北欧を訪れた事がある人ならそう感じるだろう。どうしてだろう?欧米ではADAやLSSなどの法律で障害者の人間として権利が明確に保障されている。人間として尊重されるという事、自己決定権を尊重されるという事はとても大事だ。それは日本にあっても誰しもうなずく事だが、果たしてそうなっているのだろうか?

 国家としての対策だけでなく、地域の中でも障害者の地域での自立や高齢者対策に対して税金の無駄遣いとか、施設に入ってろとかの意見を聞く事も多い。パチンコ産業は30兆円、こっちのほうがずっと無駄だと思うけど。高齢者対策も障害者対策もパチンコも共に日本のGNPの計算に入っているし、サービス産業の一つである事には変わりがないのにどうしてだろうか?サービス産業なら需要が拡大する事は、ただ一言、いい事だ。単に家族の責務とされてきた歴史のためだろうか?確かに北欧では1950年代にその責務を女性から解放している。しかしそれだけではないような気がする。

 戦後の日本は産業育成、企業の育成に取り組み、本来企業が出費しなければならないような周辺事業まで税金をつぎ込んできた。その結果、高度成長を経てお金持ちの日本になった。(でも、私達一人一人はお金持ちでもなんでもない。高い税金の割に乏しいサービスしかない。)かつての公共事業はそれなりに意味があったと思うが、5全総で決められた中長期計画にはかなりの無駄が多い。しかもそのシステム上、計画の中止・延期はほとんどないため、ますます国家の赤字は目に見えて巨額となる。それはともかく、同じ金をかけるにしても、産業の発展のためならいいという価値観が優勢となったわけだ。その感覚が根深く残って、実際は損をする公共事業に投資してしまうわけだ。投資効果や雇用増大効果は福祉産業の方が優れている事は既にいろいろなところで明らかとなっている。(効率的であればね)

 話が飛んでしまったけど、自立障害者の紹介をする。

  1. 鎌田さんの場合(頚椎損傷で四肢麻痺がある重度障害者)
  2. 堀内さんの場合(脳性麻痺の重度障害者)
  3. 渡辺君が普通学級へ
  4. 障害者の自立支援センター(松山市)
  5. 自立障害者の経済的背景
  6. スウェーデンの障害者の自立

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