朝礼のスピーチから掲載の了解の得られたものです。様子がわかるかなあ?面白いのを選びました。掲載された職員は忘年会で賞品があります。商品が無くても罰ゲームは用意します。
| 出産の話 | 今年一年の良かったこと、悪かったこと |
| 美味しい野菜 | 唾をつけて顔を拭かれた |
| 糖尿病の犬 | 浴衣 |
| しまなみ春風ウォーク | 墓参り |
| 包丁 | 介護保険スタート |
| ソシアルダンス | 動く棺桶 |
| 玉と棒のような初孫 | 立派なちんちん |
| 40才からの運転免許 | 免許センターの試験 |
| バイク! | わかりあう親子 |
| 化粧 | 車を買ったぞ! |
| 僕の部屋 | もんじゃ焼き |
20代看護婦
出産の話をします。先日Oさんは陣痛を便秘だと思っていたと話していましたが、私も陣痛を便秘だと思っていました。でも、Oさんの話を聞いていたので、これは陣痛だと決めて、病院に行きました。そこでアナムネを取りに来た助産師さんがなんと中学校の同級生で、思い出話に花が咲きました。
しかし、時間が経ち、陣痛室で5分ごとにナースコールを鳴らしました。きっと、助産師さんたちに「またあの人?」と思われるほど頻回にナースコールを押して、叫びまわってしまいました。分娩室に入り、すぐ女の子が産まれたのですが、チアノーゼがあったため、医師と助産師は子供の方でばたばたしていました。ふと、自分の心電図モニタを見ると、心拍数が徐々に落ち、30台くらいになってしまいました。このままでは自分で心臓マッサージをしないといけないかなと思って、準備をしていると徐々に戻ってくれました。現在では、この通り、母子共に健康でよかったです。
20代看護婦
今年を振り返って、良かったこと、悪かったことをお話します。
良かったことは、パソコンを買ってもらった事と、祖母がエンゼルは入所し、家庭に平和な暮らしが戻ってきたことだと思います。
悪かったことは、やっぱり、事故に遭ってオジさんに鼻血をふかれたことかなと思います。
いろいろありましたが、初めて看護婦として仕事をして、今まで知らなかった事や経験をしたことの無いことを、たくさん教えてもらうことができ、教科書だけが全てではないとあらためて思います。学校との両立は難しいと思うときもありますが、やっぱり就職して良かったなと思います。決して、お正月が近いからといって、小さな袋を期待しているから言っているわけではありません。
また、来年からもよろしくお願い致します。
40代の看護婦
今年はおいしい野菜が食べられました。みずみずしいきゅうりと、香りのいいピーマンが想像以上の収穫で、職員の方にも喜んで食べてもらい満足しています。
きゅうりの収穫は終りましたが、次の楽しみはさつまいもの収穫を楽しみにしています。甘くておいしいさつまいもです。
収穫のとき、芋堀りに参加できる方は参加してください。芋掘りの後は、焼肉パーティーと芋のてんぷら、焼き芋の食べ放題があり、お持ち帰りもあります。お芋の好きな方、嫌いな方でも大歓迎です。ぜひ参加してください。収穫の時期になりましたら連絡します。
20代の看護婦
今日は、私の恐怖の体験についてお話します。
昨年の暮れに、私はバイクに乗って対向右折車とぶつかりました。
事故は2回目でした、1回目とは違って、ぶつかる前から、「これで、私は死ぬなぁ」と考えていたくらい、大きな事故でした。
右側からぶつかって、そのままバイクを投げ出して、前に1回転して、背中から地面に落ちました。そして顔が冷たくなったと思ったら、鼻血が洪水のように流れていて、それと同時に、右足の激痛が私を襲ってきました。骨が折れているに違いないと、私なりに診断をくだしていたのですが、救急隊員の人が私の足を少し触り「歩いて救急車に乗れますか?」と聞いてきたので、恐る恐る立ち上がってみると、折れてるはずがないというほど、平気でした。でも20年間の人生を振り返って、死ぬとはこういう事なんだと考えていたくらい、とても怖かったです。
そして、もう一つの恐怖とは、、その事故の相手の人が、40代位のの夫婦だったのですが、ぶつかってすぐおりてきて、安全な場所に移動させてくれたり、いろいろと優しくしてくれたのですが、ただ一つ、とても恐ろしいことをしてくれました。鼻血で血だらけになっている私の顔を、そのおじさんがティッシュを取り出し、ご好意で、なんと自分のつばをつけ、私の顔を丁寧に拭いてくれたのです。
この20年間、口から生まれてきた子と言われてきた私ですが、その時は、あまりのショックに、人形のようにされるがままでした。その事は誰にも言えず、ましてや「あの子は死んでしまった!」と思いあまりの驚きに吐き気をこらえながら急いで病院に来た母には言えるはずがありませんでした。
足より、鼻血より、廃車になったバイクより、私はそのおじさんがある意味、一番怖かったです。
糖尿病の犬
20代の看護士
この前、近所の人が一泊旅行に行くので、その人が飼っている犬をあずかりました。
一日散歩とごはんをあげるだけなので引き受けたけど、よその犬は勝手が違い、大変でした。
その犬がいつも行っている散歩のコースをはずれると、座りこんで一歩も動かなくなるし、10分位止まったままでした。
うちの犬も躾は出来ていないけど、その犬は暴飲暴食で糖尿病でインシュリンをうっていうると聞いて驚きましたが、改めて、飼主の責任は大きいなと感じました。
20代の看護婦
先日、母が浴衣を作ってくれました。
私が中学校1年生の時に、祖母が買ってきた生地で、当時は花火がいいとか、トンボがいいとか、ピンクがいいとか言って、結局作らずにタンスにしまってあったそうです。
もうすぐ21歳、まだまだ頼りないけれど、社会人になって少しお姉さんになったかと、朝顔の模様の浴衣を縫ってくれました。
私に見つからないように仕事の休憩時間に縫っていたそうです。とても嬉しかったし、これから何回夏が来ても、20歳の時の気持ちになればいいなぁと思いました。
40代の看護婦
今年も、しまなみ春風ウォークに行ってきました。5q〜30qで5つのコースがあります。
大三島の多田羅しまなみ公園に全員集合し開会式終了後それぞれのコースの出発地点まで移動しウォーク開始となります。
多田羅公園まで個人で行くと今治から高速料金が片道3000円いりますが今治の原山公園から無料送迎バスが出発しておりそれを利用します。
昨年は、吉海町のバラ公園から海岸線沿いの道を通り、来島海峡大橋をわたって今治糸山公園までの10qコースを完歩しましたが、今年は大三島の宮浦港から大山ズミ神社をお参りして、途中で海道茶屋に立ち寄りお饅頭やお茶の接待を受けながら、自分のペースで歩きました。
今年の参加者は1000名を想定されてたようですが、はるかに多く1050名との発表でした。県内だけでなく、香川、広島、岡山からの参加者もあったようです。小さい子供から、ベビーカーを押しながらの若い家族、お年寄まで幅広いです。昨年の第1回には、あの河野兵市さんも招待されており、多田羅公園〜糸山公園までの30qコースに参加されていましたが、今年は残念ながら北極海で亡くなられてしまいました。
大会当日は、お天気もよく、さわやかな風に吹かれて汗が吹き出るという事もなく筋肉痛にもならずに楽しむことが出来ました。
−−−心と心、地域と地域をつなぐボランティア−−−
今日は一人暮らしのお年寄りがお墓参りに行けたという話です。通院している一人暮らしのお年寄りなんですが、何となく心が沈んでいました。聞いてみると、三津まで墓参りに行きたいがどの親戚も一緒に行ってくれないとのこと。あきらめているとのことでした。
老人車を押しての歩行は可能ですが、この暑い中ではとても一人では難しい方でした。ふと、松前町のボランティアセンターを思い出しました。そう言えば私もボランティア推進委員。社協に電話をかけるとご本人に連絡をしますとのこと。お盆までにはお墓に行って掃除もしておきたいようだったので、間に合うかなと思っていました。すると翌日、通院してきた本人から、今日、ボランティアとタクシーで行ってきたとのこと。町内の有償ボランティアのグループからの派遣で、1時間500円でした。ご本人はお墓参りが出来てとっても良かったと元気な笑顔を見せてくれました。今度は天井の煤払い、掃除も頼んだということでした。煤を払おうと箒は買ってきたけれども天井を向くとフラーとするのでやってもらうことにしたそうです。
有償ボランティアは有償だったらボランティアじゃないと言われながらも、町内で結構活躍しているそうです。墓参りが出来たぐらいで、生きる意欲が出てきたというと大袈裟ですが、結構喜んでもらいましたし、今後の地域との繋がりも見込めました。
介護保険は出来ましたが、衣食住の基本的な介護だけでお墓参りに付き添うというサービスはありません。介護保険でカバーできないサービスにボランティアを利用されたら如何でしょうか?
ボランティア以外にもいろいろなサービスがありますが、十分に情報が広まっていませんし、初めて利用するにはちょっと勇気がいります。しかし利用してみると結構いいこともあります。お年寄りの皆さん、閉じこもらずに人生を楽しみましょう。
松前町社会福祉協議会のボランティアセンターは985-4144です。ボランティアをしてみたい方、ボランティアを受けたい方は是非ご連絡を!
さまざまな相談は支援センターで受け付けています。最寄の支援センターに連絡しましょう。盛次義隆
40代の看護婦
先日、包丁を買いました。包丁売り場に砥石もあったので砥いでみようと思い砥石も買いました。
皆さんの家の包丁の切れ味はいかがですか?
今まで私の家では、切れなくなったら実家の父に砥いでもらっていましたが、いつまでも砥いでもらうわけにはいかず、砥いでみましたが、砥げば砥ぐほど切れなくなってしまいます。
病院の厨房の包丁は切れ味が良さそうに思い、聞くと、コツがあるらしく、教えてもらいました。それから、夜な夜な包丁を砥いでいると、子供が「お母さん、何しよるん?」と聞くので、「包丁を砥ぎよるんよ」と言うと「ふ〜ん…」と言いながら、どことなくいなくなります。
まだまだ、切れ味はイマイチですが、かぼちゃがスパッと切れるような包丁にしたいと思います。
内科医師
いよいよ介護保険がスタートする。しかし、一人暮しのお年寄りにとってはいったん倒れたときには今の介護保険制度ではまったく不充分だ。まだまだ出発点と考えておかねばならない。
もちろんどこの国でも最初から高齢者対策がしっかりできていたところなど無い。1800年代のスウェーデンでは高齢者セリというものがあった。手がかかるようになった高齢者をいくらで看てもらえるかをセリにかけるのだ。一番安くケアをしてもらえるところに落ちるわけだから、それこそ人権を無視したあくどいケア、虐待は当たり前のことだった。
1940年にパー・アルビン・ハンソンという政治家が国民の家という理念を掲げ、虐待を廃して高齢者を市民の連帯の中で看ていこうとするようになった。その後50年かかって現代の高齢者対策が確立された。
1982年には社会サービス法が成立し、市町村の責任ですべての高齢者に平均的スウェーデン人の生活を住宅も含めて保障する事になった。
昨年その社会サービス法に追加されたレックスサーラについて報告しよう。ある特別養護老人ホームに勤めるサーラさんがそこに入居しているお年寄りへの不当な対応を告発したのがきっかけだ。オムツの交換回数が少ないとか、ヘルパーを呼んでも待たされるとか、寝かされたままにしておく時間が長いとかだ。全国のマスコミ、政治家、一般家庭で議論された後に法律に次の条項が付け加えられた。「高齢者施設等でお年寄りに対する不当な状況を見た人は報告しなければならない」。内部告発をしなければならないというものだ。年寄りを売っていた北欧では50年の間にここまで進んできたわけだ。
松前町でも世界に通用する高齢者対策を実施したいと思う。毎月ケアネット21という集まりをしています。どんどん参加してください。
看護婦
最近、歩いていても足はもつれるし、平らなところでも、つまずくし、もし転倒していたら全身打撲と骨折は逃れられないものと思うようになりました。
そのため、運動不足になるし、骨粗鬆症もこれから急激な低下を示すのだろうと考えています。自分で出来る運動をと思い、ソシアルダンスを習っています。仕事も終えて、家へ帰ればいつもとは違い、てきぱきと家事を済ませ、家族にやさしい言葉をかけて、なりふり構わず駆け込むまでに、私の貧弱なスタミナはこときれてします。
リズムに合せて踊るのは難しく、順番は覚えていても、身体がついていきません。明日のスタミナを借りて、娘のような気分で踊っていると、楽し夢中になり、身体も軽くなってきます。
運動の中でもリズムに合せて体を動かす事は、脳の活性化にとっても良いそうです。美しい音楽を聴きながら、楽しく踊れば感性が豊になり、若さを保ち、将来はボランティア活動に参加したいと思います。
看護婦
車の免許が取れて1年が経ちます。苦労して手に入れた免許証です。
今は、車の便利さがありがたく、時々乗っていますが、初めの頃、赤信号を見落としたり、右レーンに入ってしまったりするので、息子達は言います。
「お父さんは、お母さんの助手席によく座ってられるねぇ。動く棺桶だ!」だと怖がります。それもそうです。でも、交通事故やフェンスにぶつかった事は無いのです。
今では、1人でゆっくりと買物に行ったりして、「ワシ族」の主人に留守を頼んで出かけています。
今の私の小さな楽しみなのです。
看護婦
とうとう今年最後のスピーチになりました。本当は、日高さんの番でしたが、夜勤の為、私に廻ってきました。ここで、NHKの紅白であれば大トリという事で、美空ひばりか北島三郎の歌でもと思いましたが、自信がないのでやめにします。
今年、我が家の大ニュースは、なんといっても初孫が生まれた事です。立派な玉と棒を持った男の子です。今、8ヶ月になって、目に入れても痛くない程かわいく、毎日でも子守をしていたいくらいです。
次に、買って間も無い自転車が盗難にあいましたが、親切な方に見付けて頂き、我が家に帰ってきた事です。
そして、忘年会の余興に参加させて頂いたことです。ピンチヒッターでしたが、おおいに楽しませていただきました。本当は、ダンスも院長先生と思いましたが、チャンスを逃し、ちょっと残念!!来年こそは、スキをみつけてガンバルゾ。でも、その前にこの歯を立派な入れ歯に代えさせてからにします。その時は、皆さん、よろしくお願い致します。
今年一年、本当にありがとうございました。
看護士
僕は、先々週初めて、二人で産婦人科の6ヶ月検診に行きました。
待つ間、他の夫婦はとても仲良く、手をつないだり、おなかをさすったりと、こっちが恥ずかしくなる位、ラブラブでした。僕達はというと、いちゃつくどころか、少し隙間を空けて座っていました。
1時間くらい待ってやっと、診察によばれ、エコーをとってもらいました。二人で先生に、「もう、どちらかわかるんですか?」と聞くと、「どっちかわかってもいいのですか?」といわれました。「はい」といい、エコーで調べてもらいました。すると、僕に似たのか、とても立派なおちんちんが付いていました。
エコーを生で見て、心臓の動きや、手・足もいっぱい動かしており、とても感動しました。後は、産まれてくるのを楽しみに待っています。
23歳の言語療法士
つい先日、生まれて初めてもんじゃ焼きというものを食べました。
しかし、出てきても、どういう風に焼いて食べていいものかわからず、店員さんに説明してもらいながら焼きました。まず、具をいためてドーナツ状にして真中の円の中にだしを入れて焼き、外側がこんがりしてきたら食べられるとの事でしたが、どうしてもだしがあふれてきて、鉄板がだしでべちゃべちゃになったりして、隣の人とゼンゼン違う食べ物になってしまいました。
味のほうは、作り方が悪かったのかもしれませんが、不思議な味でした。また、挑戦してみます。
40歳(少しさばを呼んでいるかも)の看護婦
教習所も第4段階になり、補習も平均ぐらいまでになりました。第2段階が一番難しく、左バックと縦列駐車ができなくって難儀しました。先生もフリーにしていましたが熱心な先生とそうでない先生がいるので困っているときに良い先生に会えて3回ほど指名してやっぱりこの先生が良いと思い、思いきって、私は告白しました。「次から先生にお願いしても良いでしょうか?」と聞くと、気持ち良く「指定が良いでしょう」と返事をしてくれました。路上に出てからは認知判断、操作の繰り返しで1時間乗るとクタクタになります。隣に座っている先生はハンカチを握り締めて、汗を拭き、大きなため息をついています。運動神経の悪い私に教える先生は大変です。そして「僕は暑いのは苦手でね」と言ってますが、私、冷や汗だと思います。
あともう少しで終わりますが事故を起こすよりは補習の方が安いので厳しく指導して欲しいと思っています。卒検と免許センターの試験があります。受かるまでがんばりたいと思います。Top
40歳の看護婦
いつもはスピーチが近づくと何を言おうか、言うことが無く苦労していましたが、今回も教習所通いの話でスピーチのねたに苦労しなくてすみました。早く私の番が来ないか、ワクワクしていました。
私はこの9月(98年)に車の免許を取りました。教習所で標識や交通規則など数え切れないほどのルールを勉強し、教習所内での運転、路上、高速試験と長い道のりだったけれども免許が取れて本当にうれしかったです。
免許センターでは1回や2回で合格できたわけではなくなかなか難しかったです。それで免許センターの人に言ったんです。「今日も89点、前も89点。1点ぐらい何とかなりませんか。今日で3回目なんです。」と言うと、「何ともなりませんねえ。」と言われました。それで教習所でもう少し勉強してからいってみようと思い担当の先生に相談してみました。快くいいですよといってもらい、学科の先生に教えていただき95点取れるようになったら免許センターに行ってみなさいと言われました。
落ち込んでいるときに「私、泣きとうなる。」と先生に言うと、「僕の方が泣きとうなる、担当の先生が『夜も寝れん。』と言っておられましたよ。」と言われ、がんばりました。そして受けに行きました。そしたら、向こうの方から「前に何とかなりませんかと言ったのは奥さんでしたか?」と言われて、私もおばさんのずうずうしさでまた「何とかなりませんか」と言ってしまいました。
私はオートマ車なので自動二輪やマニュアル者の構造や仕組みの問題が出ても分からないので、「それは引いてくれませんか?」と頼みますと、「去年から自動二輪は普通車に入っているのです」と言われました。
でも何とか合格できたときはうれしくて、免許をもらうまでは信じられませんでした。
今、運転していて危険な所がたくさんあることに気付きました。初心者マークをつけていて良かった事もたくさんあります。まだまだうまくなるには時間がかかりますが相手への思いやりを忘れず初心に帰って運転することが大切だと思います。免許を取ってあらためて交通安全について考えさせられました。Top
40歳の看護婦
今年に入って、最近考えることは健康のこと。今やりたいことは左バックの車庫入れができること。悩みはいろいろありますけれど、息子の進路のことなど。
いろんな悩みを話せる友達がたくさんできたことがうれしい。
今欲しいものはたくさんありますが次はバイクが欲しいです。皆からも患者さんからもあなたのバイクの音は高いねえと言われますが私にしてみればこれで普通で静かだと思っています。近所の人にも奥さんが帰ってくるのは遠くからでも良くわかると言われます。悪いことはできません。今のバイクは3代目ですが故障もパンクも無く良く走って、気に入ってます。
これからよい季節になるので暴走しようと思います。次のバイクが欲しいです。Top
40歳の看護婦(誰でも40歳?)
親というのは本当は子供の考えていることとか気持ちなんかわからないのが普通なんじゃないかなと思います。
私もわかろうとはがんばらなかったけど、ほうら、やっぱりわかっていなかったと最近はっきりしました。年齢的に大人になった二人の娘と幼稚園のころ、小学生・中学生のころのこと、あんなことがあったね、こんなことがあったね、と話す中で、「えっ!あの時そんな風に思っていたの?」とか、「そんなことどうしてあの時言ってくれんかったん…」とか、いろいろ。ひらがなの名前がすっと嫌で、やっと好きになれたのは高校生になった頃だったとか…いまさらながらわかることが多くてビックリしてしまいます。
と同時に、なんでわかってやれなかったんだろうと反省したりもします。きっと今もそんな状態が続いていて、これからも続いていくんだろうけれど、もうほとんど私の手を離れてしまっている娘とすでに親としてがんばっているもう一人の娘にごめんねの代わりに、このスピーチを聞いてもらえたらよかったなっと原稿を書いていて思いました。Top
21歳の准看護婦
みなさんも、すでにお気づきのことかと思いますが、私は今年に入ってから女らしくなろうと、やっと目覚め、パーマをかけたり、化粧をしたりしています。
今年で21才になったこともあったし、もうそろそろ、ほんごしを入れて生きていこうと思い、化粧をはじめました。しかも、友達にゲジゲジまゆげを指てきされて、まゆげカットまでしてもらいました。でも、そのあとのていれができず、のばしっぱなしになっては、直してもらっています。
こういうふうに色々とかわったと自分では思っていますが、みなさんから見て本当に女らしくなっているかどうかわかりませんが、これからいろいろな面で女らしくなれるようがんばりたいなぁーと思っています。(1999年3月26日)Top
23歳の言語療法士
ついに車を買いました。
4年前に免許をとってから、ほとんど、運転することもなく、ペーパードライバーです。実家に帰ったとき、本当に、たまーに小さい車を、すぐそこまで運転するくらいです。でも、かった車は、4WDの大きな車です。
実は、車庫入れもできません。
こんな僕でよかったら、いつでも足になりますんで、又その時はいって下さい。(1999年4月12日)Top
24歳の准看護士
家を買って2年になりますが、今月ぐらいから、車庫を作ってその上に部屋を一つ造ることになりました。新しい部屋は洋間で10畳くらいなんですけど、それは、僕の部屋になることが決っています。その部屋は、鍵もかかるし、外からの出りもできるドアもあるし最高です。なぜ、新しい部屋が僕の部屋にになるかというと、ぼくは、長男なので将来結婚して家で親とくらすので、やっぱり部屋は、離れてた方がいいんじゃないかと親が気を遣ってくれたからです。