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注意 :
何にも支援(せん)センターとは,在宅介護支援センターを言う。本来、在宅生活を支援する目的の支援センターがほとんど地域に出ず、出るときは自分ところの本体(特養や老健)への利用手続きしかしないような支援センターを言う。今後,介護保険が実施されると様々な手続きは支援センターのケアマネジャーが代行するようになり,ケア計画を立てるのもケアマネージャがするようになる。そうすると人によってサービスの内容,質が変わる。良いケアマネージャーに当たると質の高い在宅生活ができ,悪いのに当たると悲惨。
生活者ニーズ。対立する言葉はサービス提供者の論理。日課というものは集団を管理しやすくするためのサービス提供者の論理であり,生活者のものではない。よく入所者が「ここは自由がある」と言う時,他の施設では当たり前となっている様々な規則がとても少ないという事を意味する。生きてる普通の人達が普通に生活する事を支援するのが施設職員だ。
よく言われる「何か事故が起こったらどうするのか」という問いに対しては,法の範囲で管理者が責任をとるとはっきり言っている。そのため,お墓参りや買い物にもヘルパーは利用者について行ける。管理者の態度がはっきりしているとそこで働くものは気持ちよくお年寄りに対してしたい事ができる。
虐待は放置責任。虐待は乏しいサービスの時に起こることが通常である。
問題行動があるときには問題ケアがある。大便にまつわる問題行動に対しても田中施設長は問題ケアがなくなれば,そんな行為はなくなると自信を持っていた。痴呆老人の家族のケアは100%間違いケアという。当人にストレスを与えてさらに痴呆を悪化させる。徘徊にもここがどこかわからんないという不安があり,それに「出ていったらダメ」と怒ると,そのつきつけられた感情だけが心を痛めつけて痴呆を悪化させる。最近は,日本でも各施設に痴呆ケアの認識,重要性が広まってきた。家族や国民レベルにはまだ程遠いが。とりわけ家族は正常を基準にして物を考えてしまう。骨折している人に歩け,心臓の悪い子供に走れ,と言うようなもので,痴呆になった親にそうでない時代の動作や生活能力を求めるのはきつい。